1968年度の「卒業式」は最初、3月20日(木)10:00法・理工、13:00経済・経営3月21日(金)10:00産業社会、13:00文、17:00二部 式場:研心館4階講堂(広小路)
と決定されていました(1968年11月9日大学協議会)が、その後の大学紛争に伴う破壊行為と妨害のため、変更を余儀なくされ、衣笠学舎を中心に、時間もずらして実施されることになりました。
「卒業式」直前の1969年3月17日大学協議会では、
3月20日 10:00法(以学館1号)、12:30理工(衣笠学舎学科ごと)、14:00経済(以学館1号)、
3月21日 10:00経営(以学館4教室に分割実施)、13:00産業社会(場所未定)、15:00文(清心館と有心館 で専攻ごと)17:00二部(研心館予定)
と変更されました。
ところが実際には
3月20日は、理工・経済学部の卒業式は無事に挙行できましたが、法学部は阻止行動に合い中止。翌21日も経営・産業社会、二部全学部は挙行できましたが、文学部は阻止され中止となっています。
このような状況の中、1969年3月で退任することが決まっていた末川総長は、事態を大変憂い、後日すべての卒業生に「卒業する諸君へ」と題する文書を送付しています。
史資料センター準備室所蔵資料より