専門編

情報・メディアの学び方

1. なぜ、情報・メディアについて学ぶ必要があるのか

【自分の考えの妥当性を疑えるか?】

私は時々、学外の市民講座などの講師として、現代アフリカの政治経済などをテーマに話をしている。平日の昼間の講座では、受講者の大半を高齢者が占めることが少なくない。そこで、彼らに「アフリカに行ったことのある人、または住んだことのある方は?」と尋ねると、多くの場合ゼロである。次に、「アフリカの印象」を尋ねてみると、「貧しい」「紛争が多い」「日本よりはるかに遅れている」などと答える人が圧倒的に多く、明るい話はほとんど出てこない。

確かにアフリカ大陸には、貧困がはびこっているし、紛争も多い。そのことだけを思えば、日本の高齢者がアフリカに抱く印象は、アフリカの現実を的確に反映したものだと言えなくもない。とはいえ、アフリカの社会にも、評価すべき優れた事実は存在する。例えば、日本では深刻な社会問題になっている子供の自殺。アフリカのほとんどの国で、子供が学校でいじめられて自殺したという話は聞いたことがない。だが、我々の頭の中は、アフリカのそうしたポジティブな側面ではなく、ネガティブな側面に支配されているのである。

多くの人は、様々な国や地域と、そこに住む人々に対して、ある特定のイメージや感情を抱いている。では、行ったこともない国、会ったこともない外国の人々に対して一方的に抱いているイメージや感情は、何を基に形成されたのだろうか。自問してみると、マスメディア(インターネット、テレビ、新聞、ラジオなど)を通じてもたらされた無数の情報に、自分が多大な影響を受けていることに気付くのではないか。

人間が何かについて抱いているイメージは、必ずしも現実を正確に反映したものばかりではない。「常識」や「真実」と信じて疑わないことも、実はマスメディアが流した情報に知らぬ間に影響され、感化された末の産物に過ぎないことが多々ある。

重要なことは、メディアの流す情報の海の中で、自分が様々な影響を受けているということを「自覚」できるかだ。この「自覚」がないと、人は自分の考えの妥当性を疑わないし、疑えない。自分の考えの妥当性を疑わない人は、自説の「正しさ」に固執し、他人の話を聞こうとせず、他者に様々なレッテルを張る。そういう人間が増えると、憎悪や差別がはびこり、世界は分断される。世界は今、そういう状況にある。

【真実を知らないと、適切に判断できず、適切に行動できない】

海辺で地震の揺れを感じたら、最初にしなければならないことは、津波の有無についての情報を得ることだろう。津波が来ると分かった場合には、即座に避難しなければならない。避難という「適切な行動」に必要なのは「適切な判断」であり、「適切な判断」を下すためには「正確な情報」を取得しなければならない。

正確な情報の入手は、こうした非常時にのみ要求されるものではない。人生とは「情報入手」→「判断」→「行動」の繰り返しである。「あの教授はマトモな人間か?」を知ることは、学生がゼミ選択する際の重要な判断材料だし、大統領が嘘をついているか否かについて識別することは、次の選挙で少しでもマシな選択をする=すなわち民主主義を機能させる=ために死活的に重要である。

では、その「正確な情報=真実」は、どこにあるのだろうか。「新聞やテレビはマスゴミだから信用できない。ネットの世界には真実がある」と主張する人が少なからずいる。確かに、新聞やテレビの供給する情報には疑問符が付くものもある。だが、インターネット上に溢れている情報が真実かというと、それも違う。

「真実」は、どこか特定のメディアに集中的に存在しているのではない。何が正確な情報であるかを識別できる力=情報リテラシー=を持った人が、情報の海の中から「真実」を取り出してくることができるのである。大学時代は、この情報リテラシーの力を磨くために大切な時間である。

【いまや市民一人一人がテレビ局・新聞社である】

インターネットの普及が本格化した1990年代より前の時代には、政府や大企業といった権力が情報を独占し、新聞社やテレビ局が情報流通を排他的に担っていた。そうした状況下では、マスメディアを通じて流通する権力者の「ウソ」に騙されないことが重要だった。

SNS上での虚言で人々を扇動する大衆政治家(ポピュリスト)が世界各地にはびこり、超大国の指導者にまでのし上がった21世紀の今日、権力者の「ウソ」に騙されないよう情報リテラシーを向上させることの重要性は、いささかも変わりない。

しかし、多くの人がスマホを持ち、インターネットを利用して好きな情報を発信できるようになった現在、人類はこれまで経験したことのない課題に直面している。それは、一人一人の市民が正確で公正な情報の発信者でなければならない、という実現が極めて難しい課題である。

インターネットの普及は、かつてならば権力の前に泣き寝入りを強いられた市民に、権力の不正と闘う大きな力を与えた。だが同時に、アルバイト学生が面白半分で撮影したユーチューブ動画が企業に損害を与え、誰もが他人の誹謗中傷や虚言を容易に発信できる時代になってしまった。

いまや、一人一人の市民が新聞社やテレビ局と同じ機能を有しているといっても過言ではない。情報を公共空間に向けて発信する者には、責任が伴う。かつて「権力に騙されない」ために必要とされた情報・メディアに関する学びは、「他人を騙さない情報を発信できるようになるため」にも必要とされているのである。

2. 学習の方法

どのような分野についての学習でも、よく本を読み、他人と議論し、フィールドワークや旅行などの実体験を重視──という基本の重要性は同じだが、情報・メディアに関する学びに特徴的な点を3つ挙げたい。

(1) メディア同士を比較する習慣を付ける

例えば、朝日新聞と産経新聞を比べると、片方が集中的な報道を繰り広げている問題について、片方は全く報道していないことがある。紙の新聞を毎日隅から隅まで読んで比較する必要はないが、何か関心を持ったニュースがあったら、メディア間の取り上げ方(論調、報道の分量など)を比較し、その差が何に起因しているかを考えてみよう。各メディアの政治的主張、信頼度、特徴など様々なことが見えてくる。

(2) そのニュースの「情報の源」を突き止める習慣を付ける

例えば、殺人事件の被疑者が逮捕されると、インターネット空間には被疑者の生い立ちや暮らしぶりに関する情報が溢れるが、その大半は不正確で、被疑者とは無関係の人を「被疑者の親」と名指しするといった過ちを犯している。これらの不正確な情報を発信、拡散している人々に共通するのは、「情報の源」にアクセスして真偽を確かめる意思と能力を欠いていることだ。学生の皆さんには、複数のメディアの情報を比較したり、記者会見や公式発表の記録を丹念に読んだり、場合によっては現地調査することによって、情報の「裏取り」をする訓練をして欲しい。発信するのはそれからだ。

(3) ジャーナリズムの原則について書かれた書物を読み、映画を観よう

先述した通り、人間が主体的に適切な判断を下すためには、物事の真実を知る必要がある。権力の嘘や隠蔽を暴き、誰にもおもねらず、公正に真実を伝える営みをジャーナリズムという。だからジャーナリズムは民主主義に不可欠な機能であり、ジャーナリズムは民主主義とともに発展してきた。ジャーナリズムの諸原則と発展の歴史について分かりやすく解説した書物を読むとともに、ジャーナリズムが実践されている様子を史実に基づいて描いた映画などを観ると、この営みの重要性についての理解が深まるだろう。以下にそうした書籍や映画を紹介したい。

3. 主要参考文献・映像作品

  1. 1)Bill Kovach and Tom Rosenstiel, The Elements of Journalism, Revised and Updated 3rd Edition, Three Rivers Press, 2014(日本語訳はビル・コヴァッチ トム・ローゼンスティール著、加藤岳文・斎藤邦泰訳、『ジャーナリズムの原則』、日本経済評論社、2002年)
    • 米国のジャーナリストが3年に及ぶ市民や記者へのインタビュー、包括的調査、21回の公開討論などを経てまとめたジャーナリズム論の傑作。「市民への忠誠」や「検証の規律」「公開討論の場の提供」など「ジャーナリズムの原則」について理論と経験の両面を土台にまとめている。英語の原書の方が内容がアップデートされているので、国際関係学部の学生ならば、ぜひ英語の原書を読んで欲しい。
  2. 2)水越伸『21世紀メディア論』(放送大学大学院教材)、放送大学教育振興会、2011年
  3. 3)浪田陽子・福間良明編『はじめてのメディア研究―「基礎知識」から「テーマの見つけ方」まで』世界思想社、2012年
  4. 4)渡辺武達・田口哲也・吉澤健吉編『メディア学の現在 新訂第2版』、世界思想社、2015年
    • 上記の2)~4)の3冊は、新聞、ラジオ、テレビからインターネットまで、各メディアの特質、歴史、直面する課題、研究分野などについて初学者向けにまとめた便利なテキスト。
  5. 5)武市英雄・原寿雄編『グローバル社会とメディア』(ミネルヴァ書房)2003年
    • グローバリゼーションが進展する時代にメディアが新たに直面する課題をまとめたテキスト。
  6. 6)エドワード・サイード『イスラム報道』みすず書房、1996年
    • アメリカ人記者によるイスラム報道がいかに偏っているか、アラブ世界の真実を伝えていないかを指摘した本で、米国のアカデミズム、ジャーナリズムの世界に大きな衝撃を与えた。
  7. 7)佐藤卓己『輿論と世論ー日本的民意の系譜学』新潮社、2008年
    • 「輿論」と「世論」は同じではない。世論はどのように形成されるのか。世論は政治に如何なる影響を与えるのか──などを論じた名著。
  8. 8)ウォルター・リップマン著、掛川トミ子訳『世論』(上・下)岩波文庫、1987年
    • 1922年にアメリカ人ジャーナリストが執筆。人間が抱くステレオタイプ、偏見、世論の作られ方などを体系的に考察した古典。
  9. 9)ボブ・ウッドワード、カール・バーンスタイン共著、常盤新平訳『大統領の陰謀(新版〕』ハヤカワ・ノンフィクション文庫、2018年
    • 1970年代初頭にアメリカのリチャード・ニクソン大統領の犯罪「ウォーターゲート事件」を暴き、大統領を辞任に追い込んだワシントン・ポスト紙の記者2人による取材と報道の全記録。1976年にAll the President's Menのタイトルで映画化(日本公開タイトル『大統領の陰謀』)。DVD化されている。
  10. 10)原寿雄『ジャーナリズムの思想』岩波新書 1999年
    • 元共同通信社編集主幹によるジャーナリズム理解への入門書の古典。
  11. 11)2017年のアメリカ映画 The Post(日本公開タイトル『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』)。
    • スティーヴン・スピルバーグ監督、メリル・ストリープ、トム・ハンクス出演。ベトナム戦争を分析・記録したアメリカ国防総省の最高機密文書である通称「ペンタゴン・ペーパーズ」の存在を暴露したワシントン・ポストの取材・報道にまつわる実話を映画化した。
執筆者:白戸 圭一
執筆日:2019年2月28日(2024年2月28日修正)