専門編

メディア文化産業の学び方

1. メディア・文化産業とはなんだろう

メディア・文化産業とはテレビ、広告、出版、新聞などのいわゆるマスコミ業界、アニメ、マンガ、ゲーム、音楽など一般的にコンテンツ業界と呼ばれる業界を指しています。イギリスをはじめとした英語圏ではクリエイティブ産業という用語と概念も広く普及しており、メディア文化産業と重なり合います。クリエイティブ産業は視聴覚メディア(映画・テレビ・ラジオ)、広告、パフォーミングアート、デザイン、アート、出版、ファッション、ソフトウェア・マルチメディア、音楽、工芸、建築から構成されています。これらが「個人の創造性や技能、才能に由来し、また知的財産権の開発を通して富と雇用を創出しうる産業」であると考えられているのです。こうしたメディア・文化産業の研究は、世界的に盛んになっており、多くの専門書、学術誌や、大学の学部・大学院が作られています。それではまずメディア・文化産業が研究対象として注目されている理由をみていきます。

(1) 社会的意味を生産する産業

メディア・文化産業は、私たちの世界に関する知識や理解を形成する商品を生産しています。私たちが一生の中で、直接的、物理的に経験出来る事象は極めて限られています。日本国内だけに限っても、我々が直接訪れ、目にしたり、耳にしたり、手に触れたりし、会って話せる人の数、参加出来るイベントや行事の数は限られています。私たちが知っていると考えること、真実であると考えている現実と社会的リアリティは、圧倒的にメディアを媒介にした経験によって構成されているのです。同様に人々が強く信じている、なにが普通でなにか普通でないか、なにが許され、許されないか、などのあらゆる文化的価値観・規範意識、あるいは国や人種などの社会集団などに対する様々なイメージも、その多くはメディア文化産業によって(再)生産されているのです。

(2) クリエイティビティを管理する産業

メディア・文化産業は、文化的な生産と労働を管理しています。映画、テレビ、出版、ネットはもちろん、音楽、アート、ファッションなど我々が触れる文化テクストのほぼ全ては、高度に産業化された商業的なプロセスを通じて生産され流通されています。テレビや映画であれば、その生産に関わる多くの専門家、多くの予算と利害関係があることが容易に想像できるでしょう。また個人が簡単に始められる動画配信であっても、そこには例えばYouTubeやTikTokというプラットフォームの持つ様々な制約、慣習や管理が存在します。ジャンル、フォーマット、タグ付けなどの様々なルール、コンテンツとユーザーと広告をマッチングするアルゴリズム、サイトのガイドラインや収益化するための様々なルールなど、文化的表現には必然的に営利企業であるプラットフォーム企業の様々なロジックが介在します。つまり人々がもつ文化的表現や、それにつぎ込む衝動・情熱や労働は、ほぼ全面的に文化産業によって管理され、文化産業が営利企業として宿命的に持つ様々な管理や制約の元にあるのです。

(3) 経済的価値

文化産業は経済的にも大きな役割を果たしています。文化・メディア産業はGDPの多くを産み出しています。日本のコンテンツ産業の市場規模は二次使用、関連市場含め2023年に27兆円程度であり、多くの若い雇用を生み出しており、またゲーム、アニメなど一部の産業には国際的競争力があります。メディア文化産業は、製造業の国際的競争力の低下、さらに製造業の新興国を中心にした海外への流出という、先進国共通の問題に対抗する、より付加価値の高い産業構造への変換という文脈の中で注目されてきた経緯があります。GDPとの比率でいっても、英米などと比較すると、輸出も含めてまだまだ成長の余地があるといわれています。現在注目されるGAFA(グーグル、アップル、ファイスブック、アマゾン)と呼ばれるアメリカのテック企業群も、メディア企業としての側面をもっています。こうしてみるとメディア文化産業への注目はその経済的な規模と成長性に関係があることが分かります。またメディア文化産業は、サブスクリプションなどのような、他産業にも後に普及する新しい動きが先鋭的に現れる産業でもあります。

メディア文化産業がメディア研究、文化研究などの批判的研究の対象として注目される理由は他にもありますし、またより実践的な経営学や経済学では全く違った理由で研究がされています。以下では1)の社会的意味を生産・流通させているという側面に注目し、その特性をもう少し掘り下げ、続けて研究方法論に関して見てみることにしましょう。

(4) 社会的意味とイデオロギー

メディア文化産業が生産・流通させている文化テクストには、社会的な意味を生産する作用があると説明しました。こうした考え方は、文化的意味に関する社会的構築主義の考え方がベースになっています。つまり例えば「日本人らしさ」「男らしさ」の社会的意味、文化的意味、あるいは支配的な語り方は「日本人の特性」「男性的特性」の自然な出現ではなく、特定の歴史的、経済的、社会的な状況と利害関係の中で、人為的に決定されるものである、という考え方です。

文化理論では、こうした支配的な語りをイデオロギーといいます。イデオロギーとは社会的に合意された考え方、価値観や信念の体系で、多くの場合支配的社会集団に有利に働きます。支配的社会集団は、宗教、学校、家族、法律、政治制度、そして特にメディアを通して届けられるポピュラー文化等の「イデオロギー装置」を通じて、既存の人為的で不公平な秩序と権力を正当化し、自然化することによって、従属的社会集団からの合意を取り付けるのです。こうした「女らしさ」「日本人らしさ」は支配的な立場にいる男性、あるいは従順な国民を望む施政者によっては望ましいものであり、多くの人にとっては窮屈で、抑圧的のものであるように見えます。しかしそれが大体において受け入れられているのは、そうしたイデオロギーを不断に生産・再生産しているメディア文化産業によるところが大きい、ということです。こうした考え方から、メディア文化産業の研究の中では、文化テクストが持つ社会的意味(イデオロギー)生産の分析を主眼にしたものが多くあります。このようなメディア文化産業の権力作用を分析する方法は多様ですが以下では、代表的なものを3つ紹介しましょう。

2. メディア文化産業研究の方法論

(1) テクスト分析

多くの批判的研究はメディア文化産業が生産・流通させる文化テクストという方法を採用してきました。テクスト分析では、まず写真、広告、動画、プロモーションビデオなどの文化的テクストを詳細に分析し、支配的なイデオロギーがいかに文化的テクストの意味作用、記号論的な構造の中に埋め込まれているのかを問います。例えばおむつのテレビCMのストーリー、映像、音楽などを記述し、母親らしさがどのように表象されているかを分析することで、日本のよき母親というイデオロギーがどのように生産・再生産されているかを分析する、という方法です。自宅で1人で育児に取り組む母親、登場しない父親、散歩に連れ出した路上ですれ違う無関心な他人達、孤独な育児を応援する歌詞などが分析の対象になるでしょう。

(2) 生産分析

次に文化テクストの生産現場の分析を行う生産分析という方法があります。ポピュラー文化の中でなにが生産されるか(されないか)という問題と、それが生産される経済的・社会的システムの間には密接な関係があります。具体的には二次資料を使った、企業の所有権、売上、利益、タイアップ、事務所・制作委員会など、収益構造やマーケティング戦略などの分析が出来ます。実際にテクスト生産に関わった人たちに聞き取りをすることは簡単ではありませんが、プロデューサー、演出家、監督、レコード会社、広告代理店、などのインタビュー、記事などを中心とした分析は可能です。たとえばリスクの回避など、営利企業としての原則・行動基準が、文化産業の行動を根本的なレベルで規定し、文化テクストの内容に強い影響を与えていることが分かります。また文化的生産の財政的基盤と組織の形態は、クリエイティブなアーティストや消費者の行為を直接的に決定、規定することも見て取れます。多くの先行研究がある英米のメディア研究の生産分析では、ジェンダー、人種、セクシャリティなどの生産者のアイデンティティ、社会階層と、生産されるテクストとの関係などの分析などが行われています。

(3) 消費研究

さてテクスト分析をすることで分かるのはテクストがそのように読まれる可能性がある、というだけで、必ずそのように読まれることを保障するわけではありません。テクストはそれを消費する人の信念、価値観、社会的階層やジェンダー、セクシャリティーによって、あるいはそれを視聴している空間や、一緒にいる人など、状況によって様々な解釈がありえます。またテクスト分析通りの意味を受け取っても、それに対して同意するのではなく、交渉や抵抗がありえるのです。同様に生産に関わる人たちが、どのような意図を持ってテクストを生産し、そこに彼ら彼女の偏見や先入観が埋め込まれていたとしても、消費者・視聴者によってテクストがそうした意図通りに読まれるとは限りません。そこで実際にテクストがどのように読まれているかを知るために、消費者・視聴者に聞き取りを行い、その解釈・視聴のされかたを分析する消費研究(オーディエンス研究)という方法があります。先行研究では消費者がテクストを非常に能動的に読んでいること、予想もつかないような様々な解釈があることが、実際に発見されています。

3. 結論としての節合

こうした様々な方法は1つだけ選ばなければならないということではありません。むしろ1つのレポート・論文の中で、複数の方法を組み合わせることが一般的で、望ましいともいえます。研究対象となる文化的事象、現象を十全に理解するためには、表象、生産、消費という異なる文化の「回路」がどのような形で組み合わさっているか、「節合」しているかに注意を払う必要があるのです。注意しなければならないのは、文化的な現れ方・形態を決定するのはこうした異質な要素のその場限りの節合の結果であり、ほとんどの場合、なにか一つの要素が決定的に重要であることは少ないということです。たとえば生産(電通のような大手代理店の介入)、あるいは技術的側面(ソーシャルメディアの普及)が常に一番大事であるといった決定論的な考え方は多くの場合有効ではないということです。ファッションの流行は雑誌やブランド、デザイナーなど「生産」を独占する企業や個人が決定できることはほとんどなく、多くはそれがどのように「表象」されているか、どのように「消費」されているかなど、不安定かつどんどん移り変わる組み合わせによって決定されます。そして来シーズンはまた新しい流行が、予想を超える文化回路の違った組み合わせによって現れていくことになるでしょう。メディア文化産業の分析というのは、こうした不安定さを受け入れ、常に徹底的に背景・文脈を問いながら、ものすごいスピードで変化していく研究対象のスナップショットをなんとかものにする、刺激的な研究になるでしょう。

【初心者向けお勧め図書(一例)】

以下は、メディア文化産業研究に関して近年出版された良書です。これらの書籍を皮切りに、テーマや著者などを追いかけて読み進めてみましょう。英語で書かれたメディア・文化産業研究は質量ともに日本語での研究を圧倒しています。英語で研究書を読むことにも挑戦してみましょう。

  • 岡本健、田島悠来 編集 2020. 「メディアコンテンツスタディーズ分析、考察。創造のための方法論」. ナカニシヤ出版
  • 石田佐恵子、岡井崇之 編集 2020.「基礎ゼミ メディアスタディーズ」. 世界思想社
  • 伊藤守、毛利嘉孝(編集) 2014.「アフターテレビジョンスタディーズ」. せりか書房
執筆者:大山 真司
執筆日:2022年3月7日
改定日:2024年2月29日