立命館大学理工学部長谷川知子准教授らの共同研究チームは、大規模な二酸化炭素(CO2)除去に依存せずに、パリ協定の1.5℃、2℃目標に相当する温室効果ガス排出削減を実施することによる土地利用・食料システムへの影響を明らかにしました。本研究成果は、2021年10月8日付で国際学術誌Nature Sustainabilityに掲載されました。

本件のポイント

  1. CO2除去技術に依存しない排出シナリオを準備し、モデル比較分析を実施することで、今世紀後半の負の排出に依存せず、早期に排出を削減することによる、土地利用と食料システムへの影響を明らかにした。
  2. 早期の排出削減を行い、負の排出をしないシナリオ(ネットゼロ排出を長期間維持)では、今世紀後半のCO2除去を回避し、(温室効果ガス排出削減によって引き起こされる)劇的な土地利用変化を回避できることが示された。
  3. 劇的な土地利用変化を回避することで、今世紀末頃には食料価格の低下、飢餓のリスクの低減、灌漑用水の需要の低下などの便益が示された。
  4. 一方で、今世紀半ばには大幅な排出削減が必要になり、エネルギー作物に必要な土地面積が増加し、食料安全保障のさらなるリスクをもたらす副次的な影響の可能性も明らかになった。

研究の背景

 温室効果ガス排出削減の将来シナリオは、気候変動政策分析のため開発され、気候変動政策の検討に用いられてきました。しかし、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)1.5℃特別報告書などで採用されたこれまでのシナリオでは世紀末の地球の平均気温上昇のみが言及され、現在から世紀末までにどのような気温変化の経路を描くかまでは言及されていませんでした。そのため、今世紀前半では排出をあまり削減せず、後半で急激に削減するようなシナリオを含んでいます。このようなシナリオは対策の遅れ、目標とする気温を一時的に超過するシナリオ、いわゆるオーバーシュート、あるいは、今世紀末での大規模な二酸化炭素(CO2)除去(負の排出)を必要とし、これらを推奨するリスクを残していました(参考図)。CO2除去技術には、CO2回収貯留付きバイオエネルギー(BECCS)や植林などがあり、これらを大規模に実施すると劇的な土地利用改変をもたらし、食料安全保障への悪影響が懸念されます。一方で、早期の対策を実施し、今世紀前半から強く排出削減を行い、今世紀後半での急激な削減を回避するようなシナリオでは、中期的に強い排出削減が必要となり、これもまた土地利用や食料システムへ影響をもたらしえます。
 そこで本研究では、今回、このような排出経路について想定を変えたシナリオを準備し、国際的によく用いられている7つのモデルを用いてモデル比較分析を実施しました。そして、土地資源を要するCO2除去技術(ここでは、BECCSと植林)に依存するシナリオとしないシナリオを準備し、大規模なCO2除去に依存せず早期に排出削減を実施することによる土地利用と食料システムへの影響を明らかにしました。

結果とその解釈

 CO2除去に制限を加えない「従来のシナリオ」に比べて、CO2除去に制限を加えた「ネットゼロシナリオ」では、長期的(2090年頃)にはエネルギー用農地が7500万ヘクタール(ha)減少し、代わりに、食用農地と牧草地がそれぞれ1100万ha、1600万ha増加し、飢餓リスクは480万人減少しました。一方、中期的(2050年頃)には、エネルギー用農地が1500万ha増加し、代わりに、食用農地と牧草地がそれぞれ1100万ha、3500万ha減少し、飢餓リスクは4200万人増加しました。この結果から次のことがわかりました。

  1. 早期の排出削減対策を実施すると、今世紀後半のCO2除去を減らし、長期的な(緩和によって引き起こされる)劇的な土地利用変化を回避できました。
  2. また、劇的な土地利用変化を回避することで、今世紀後半の食料価格の低下、飢餓のリスクの低減、灌漑用水の需要の低下などの便益が示されました。
  3. しかし同時に、今世紀半ばには、大幅な排出削減が必要になり、エネルギー作物生産に必要な農地面積が増加し、食料安全保障のさらなるリスクをもたらすという副次的な影響も明らかになりました。

 これらの結果は、大規模なCO2除去に依存せず気候目標を達成するには、必然的に早期かつ迅速な排出削減対策が求められますが、これも中期的には課題をもたらすことを意味しています。そのため、早期の排出削減対策を実施する際には発生しうる飢餓リスクなどの副次的影響を抑えるために相応の追加的な政策が必要であることを意味しています。

研究手法

 温室効果ガス(GHG)排出削減対策については、国際モデル比較プロジェクトENGAGE (Exploring National and Global Actions to reduce Greenhouse gas Emissions)に参加する7つの統合評価モデルが用いられました。立命館大学・京都大学の研究チームはAIM (Asian-Pacific Integrated Model:アジア太平洋統合評価モデル)という統合評価モデルを用いて参加しました。AIMは将来の人口とGDPを入力して、気候、エネルギー、経済システム、食料需給、土地利用、温室効果ガス排出量、温室効果ガス排出削減量などを出力(将来推計)するモデルです。そのうち、各モデルが出力する土地利用面積、一人当たり食料消費カロリーと飢餓リスク人口などの農業・食料・環境に関連する指標を用いて分析しました。飢餓リスク人口は、作物収量の変化を通じて起こる価格変化、さらにその価格変化に対する消費者の応答から計算される食料消費量から計算しました。

 将来分析のシナリオには、今世紀にわたる累積CO2排出量を制限する(そのため、今世紀前半に大幅に排出し今世紀後半で急激に削減するようなシナリオも含む)「従来シナリオ」(参考図右)と、世界全体の排出と吸収が等しくなるネットゼロに到達するまでの累積排出量を制限し、ネットゼロの到達後はネットゼロを維持する(負の排出を認めない)「ネットゼロシナリオ」(参考図左)の2種類を検討しました。この2つのシナリオについて、累積CO2排出量を100GtCO2から3000GtCO2の13段階を想定しました。モデル内では上の累積CO2排出量が想定され、その下で炭素税が課され、経済合理性の観点から排出削減が実施される仕組みになっています。これらのシナリオについてシミュレーションを実施し、農業・食料・環境に関連するモデル出力について比較・分析しました。

図:図1
図1aは大規模な二酸化炭素(CO2)除去に依存しないケースの世界全体の農業・土地利用変化由来の温室効果ガス排出経路。 b,cは大規模なCO2除去技術に依存しないことによる世界全体の農業・土地利用変化由来の温室効果ガス排出と土地利用への影響(大規模なCO2除去に依存するケースとしないケースの差分を表す)。aの黒の実線(破線)はBECCS由来のCO2除去を含む(含まない)農業・土地利用由来の温室効果ガス(GHG)純排出量を示す。青と赤の縦線は世界全体のCO2排出と農業・土地利用由来のGHG排出が実質ゼロに到達する年を示す。土地利用由来のCO2排出・吸収には土地利用変化によるCO2排出と植林による吸収を含む。
図:参考図
参考図 IPCC 1.5℃特別評価報告書に掲載された気のオーバーシュートのイメージ1(左がオーバーシュートなしで今世紀前半に急激な削減が必要、右が今世紀前半には急激に削減せず今世紀後半で大規模にCO2を大気から除去するシナリオで、大規模なCO2除去による様々な影響が懸念される)

論文情報

  • 掲載誌:Nature Sustainability
  • 論文タイトル:Land-based implications of early climate actions without global net-negative emissions
  • 著者:Tomoko Hasegawa, Shinichiro Fujimori, Stefan Frank, Florian Humpenöder, Christoph Bertram, Jacques Després, Laurent Drouet, Johannes Emmerling, Mykola Gusti, Mathijs Harmsen, Kimon Keramidas, Yuki Ochi, Ken Oshiro, Pedro Rochedo, Bas van Ruijven, Anique-Marie Cabardos, Andre Deppermann, Florian Fosse, Petr Havlik, Volker Krey, Alexander Popp, Roberto Schaeffer, Detlef van Vuuren, Keywan Riahi
  • DOI:https://doi.org/10.1038/s41893-021-00772-w

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