立命館大学薬学部の北原亮教授と生命科学部の吉澤拓也講師の研究グループは、タンパク質が形成する凝集状態の1つ「液-液相分離(LLPS)」の形成と消失をリアルタイムで捉える手法を開発しました。本研究成果は、2021年11月18日(日本時間)にアメリカ化学会の国際誌「Journal of the American Chemical Society」にオンライン掲載されました。

本件のポイント
〇 圧力を急激に変化(圧力ジャンプ)させることで、タンパク質のLLPSの形成や消失の過程を分光法や顕微鏡により観測できる手法を開発した。
〇 LLPSはアミロイド線維形成の前段階として注目されているが、その形成過程は全くわかっていない。本手法が、LLPSの形成過程の研究を大いに促進する。
〇 家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の原因となるFUSタンパク質が作る2つのLLPSについて、形成と消失の速度の違いを発見した。消失速度が遅いLLPSでは、タンパク質間の相互作用が強いと言え、異常凝集を生じやすいことが示唆された。

研究の背景

 アルツハイマー病やALSなど多くの神経変性疾患には効果的な治療薬がありません。神経変性疾患の多くは、タンパク質が液-液相分離(LLPS)状態を経てアミロイド線維など不可逆な固体凝集物へと成熟し、細胞毒性を持つことが原因と考えられています(図1)。ALSの患者では、RNA結合タンパク質であるTAR DNA-binding protein 43(TDP-43)やFused in Sarcoma(FUS)の細胞質内での異常凝集が見られ、その凝集メカニズムや疾患との因果関係について研究が進められています。
 一部の家族性ALSでは、細胞質内でのFUSの異常凝集が発症の原因であることがわかっているため(Brain 139, 2380-2394, 2016)、異常凝集の形成メカニズムが盛んに研究されています。本研究グループは、以前にFUSのLLPSには2つのタイプ(LP-LLPSとHP-LLPS)があることを圧力紫外可視吸光度測定(UV/vis)法により発見しました。圧力下で安定するHP-LLPSは、LP-LLPSに比べ不安定だが常圧でも存在し、体積が小さく、タンパク質が密に集合した状態であることを示しました(北原らJ.Phys.Chem.B 125, 6821-6829, 2021)。

図1. 凝集のプロセス
図1. 凝集のプロセス

研究内容

 今回の研究では、瞬時に圧力ジャンプさせることで、LLPSの形成と消失をリアルタイムで分光法や顕微鏡で観察できる手法を開発しました。タンパク質溶液中でLLPSが形成されると溶液の吸光度(濁度)が変化することを利用し、圧力ジャンプUV/vis法により濁度の増加や減少をリアルタイムに計測することに成功しました(図2)。FUSのLLPSについて調べたところ、1気圧から1200気圧のジャンプにより濁度の減少、つまりLP-LLPSの消失が生じ(0秒~300秒)、1200気圧から1気圧へのジャンプにより濁度の増加、つまりLP-LLPSの形成が生じました(300秒~900秒)。図2は、加圧と減圧を3回繰り返した結果を示していますが、加圧と減圧を5回繰り返しても、濁度に高い再現性があることから、LP-LLPSの形成と消失は可逆的に生じると言えます。同様の実験を、2000気圧と3100気圧でも行い、HP-LLPSの形成と消失も可逆的であることを示しました。濁度が半分回復するまでの時間(t1/2)はLP-LLPSでは36秒、HP-LLPSでは109秒でした。つまり、HPLLPSの形成速度は、LP-LLPSのそれに比べ約2~3倍遅いことがわかりました。さらに、濁度が半分減少する時間、つまり消失のt1/2はLP-LLPSとHP-LLPSでそれぞれ4秒と80秒であり、HP-LLPSはLP-LLPSに比べ20倍消失速度が遅いこともわかりました。消失速度が遅いことから、HP-LLPS内部でのタンパク質間相互作用はLP-LLPSに比べ強いと考えられます。私たちが行った以前の研究結果と今回の研究結果をまとめると、壊れにくいHP-LLPS内で異常凝集が加速すると考えられ、細胞内でのHP-LLPSの形成が異常凝集の起点となることを示唆しました。また、圧力ジャンプ顕微鏡法により、LLPSの形成や消失過程をビジュアルに観察することにも成功しました。

図2. (A)圧力ジャンプに伴う吸光度(濁度)の変化。1気圧から1200気圧へのジャンプで減少し(LLPS消失)、1200気圧から 気圧へのジ ンプで増加(LLPS 形成)を示す。(B)LP-LLPSを形成した状態と消失した状態の模式図。緑と黄色の線がFUS分子を示す。
図2. (A)圧力ジャンプに伴う吸光度(濁度)の変化。1気圧から1200気圧へのジャンプで減少し(LLPS消失)、1200気圧から 気圧へのジ ンプで増加(LLPS 形成)を示す。(B)LP-LLPSを形成した状態と消失した状態の模式図。緑と黄色の線がFUS分子を示す。

今後の展開と社会へのインパクト

 神経変性疾患についてアミロイド線維を標的とした医薬品開発が進められていますが、今後はLLPSを標的とした医薬品開発も期待されます。圧力ジャンプ実験により、LLPSの形成と消失過程の分光学的な解析や顕微鏡観察が可能になったことで、LLPSの形成過程や性質の変化が疾患型変異体でどのように異なるかなど、疾患メカニズムの理解も一層進みます。これら圧力ジャンプの手法は、他のLLPS研究にも応用可能で今後広く普及することが期待されます。

論文情報

  • 題目:Pressure-Jump Kinetics of Liquid-Liquid Phase Separation: Comparison of Two Different Condensed Phases of the RNA-Binding Protein, Fused in Sarcoma
  • 著者:Ryo Kitaharaa* , Ryota Yamazakia , Fumika Ideb , Shujie Lic , Yutaro Shiramasaa , Naoya Sasaharab , and Takuya Yoshizawab
  • 所属:a立命館大学薬学部、b立命館大学生命科学部、c立命館大学大学院薬学研究科
    *:責任著者
  • 雑誌: Journal of the American Chemical Society
  • 巻ページ: in press (web 公開、オープンアクセスのためどなたでもダウンロードできます。後日印刷 版が出版されるときに巻ページが決定します。)
  • DOI : doi.org/10.1021/jacs.1c07571
  • URL:https://pubs.acs.org/doi/abs/10.1021/jacs.1c07571

用語解説

  • 液-液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation: LLPS)
    液体が2成分以上で形成されるとき、成分比が異なる複数の液相が形成される場合があります。タンパク質水溶液の場合、タンパク質濃度が薄い相と濃い相に分離します。今回の実験条件では、薄い相の中に濃い相が液滴を形成するため、濁度の変化や顕微鏡により観察できました。図はFUSの液滴形成の高圧顕微鏡写真で、3-5μm の小さな粒子が液滴です。
FUSの液滴形成の高圧顕微鏡写真

関連情報

NEXT

2021.11.22 NEWS

全身を用いたコオーディネーショントレーニングによるパフォーマンス向上の神経メカニズムを解明

ページトップへ