戸塚史織さん

2022.07.20 TOPICS

【大学院生の挑戦】空白の江戸中期・天明歌舞伎の実態を解明する~デジタルアーカイブを駆使し、全世界に散らばった浮世絵を統合的に分析~

 ユネスコ無形文化遺産にも登録され、日本が誇る伝統芸能の一つである歌舞伎。江戸初期に生まれ、これまで古今東西、膨大な研究が蓄積されてきた。しかし、歌舞伎の全盛期とされる江戸中期の「天明歌舞伎」については、その実態が十分に解明されていないという。
 文学研究科博士後期課程1回生・戸塚史織さんは、海外に散らばった、歌舞伎役者が描かれた浮世絵である「役者絵」を統合的に分析することで、天明歌舞伎の実態に迫ろうと情熱をそそぐ。

目次

すっぽり抜けた江戸中期・天明歌舞伎の実態に迫る

 戸塚さんは、江戸中期の天明歌舞伎の実態解明、そして勝川派*の役者絵と歌舞伎興行の関係を研究している。歌舞伎は、江戸前期には近松門在衛門、江戸後期には鶴屋南北や河竹黙阿弥といった作者が活躍したことで有名であり、この時期は研究蓄積も豊富だ。しかし、江戸中期の天明歌舞伎については、前期と後期に比べ、その実態は十分に解明できていないという。
 江戸時代の史料が残っていないというのは想像に難くないが、天明歌舞伎期の史料は特に少ないという。それは史料が散逸していることだけでなく、天明歌舞伎期特有の原因があるという。
 「歌舞伎研究では、当時の台本などの文字資料を分析し、その実態を解明する手法がメジャーです。しかし天明歌舞伎期は台本の残存が少なく、また役者が自分の技を即興的に披露することも多かったようです。そのため、台本などの文字資料だけでは、天明歌舞伎期の実態を十分に明らかにしづらいのです」。
 そこで戸塚さんは、視覚的要素の強い勝川派の役者絵から、天明歌舞伎期の実態を把握するアプローチをとることにした。演劇の「表現」を描き出した当時の役者絵であれば、その実態に迫れると考えたのだ。しかし、ここで大きな壁が立ちはだかる。肝心の天明歌舞伎期の役者絵が、世界中に散らばってしまっているのだ。
*勝川派:勝川春章を祖とする人気浮世絵師の流派の一つ。

勝川春好浮世絵写真
 勝川春好《役者団扇絵》立命館大学アート・リサーチセンター所蔵(arcUY0262)

海外の研究機関と連携して、役者絵を統合的に分析する

 江戸時代、役者絵をはじめとする浮世絵はそれほど貴重なものではなかったという。しかしそれが偶然輸出されたり、来日した外国人の目に留まったりする中で愛好されるようになり、欧米で芸術的価値が見出されるようになる。ヨーロッパへ輸出する陶磁器の緩衝材として用いられていた浮世絵がきっかけとなり、「ジャポニスム」と呼ばれる日本美術ブームがヨーロッパで始まったという話も、真しやかに伝わっているという。
 戸塚さんは学部生時代から文学部・赤間亮教授の研究室プロジェクトに参加、ベルギー王立歴史美術博物館やカナダのロイヤルオンタリオミュージアムなどを訪問し、保管されている浮世絵の調査に携わってきた。この史料調査によって、江戸中期の役者絵が数万点規模で海外にあることが判明した。
 さらに、近年ではデジタル技術の進展により、資料をデジタル化して収集、蓄積し活用するデジタルアーカイブが盛んになっている。そして、戸塚さんが所属する、立命館大学アート・リサーチセンター(以下ARC)は、世界各地の博物館などとのネットワークを活かし、膨大な数の浮世絵をデジタル化し、それらを横断検索できるデジタルアーカイブの構築などを先導している。新型コロナウイルス禍で、海外調査に行くことが難しくなっていたが、デジタルアーカイブの整備により、全世界に散らばった浮世絵をデジタルデータで包括的に分析できるようになった。
 その一方で、戸塚さんは、原史料に直接向き合い、実体験をもって学ぶことの意義を語る。「海外に点在するさまざまな浮世絵のデジタルデータを横断的に分析できるようになったことで、歌舞伎研究や浮世絵研究は大きく進展しています。ただ、原史料の質感を肌で確かめるなど直接分析し、現地の学芸員や研究者とのコミュニケーションを経て得られる経験や知識を大切にしたうえで、デジタルデータを扱うことが重要だと思っています」。

デジタルアーカイブしている写真

新しいことに挑戦し続ける、分からないことを楽しむ

 戸塚さんが所属するARCは、文理融合型のプロジェクトが多い。特に浮世絵のデジタルアーカイブ分野では、情報理工学研究科の大学院生と一緒に、浮世絵の顔認識システムや類似画像検索システムに関する共同研究を実施してきた。機械学習をはじめとして、自然科学分野の大学院生と一緒に研究することは、刺激的だという。
 戸塚さんが研究する上で最も大切にしていることは、「新しいものに挑戦し続けること」だという。「ARCでは、文理融合で国際的なプロジェクトが数多く行われています。私は、好奇心が旺盛で、さまざまなプロジェクトに関わっています。そのなかで、失敗もしますし、分からなかったりすることも多い。それでも、ただでは転ばない、転んでも何か掴み取るという姿勢でいます。分からないことがあっても、すぐに相談できる環境がARCにはあるので、本当に助かっています。あるプロジェクトで行き詰っても、別のプロジェクトに打ち込むことで気持ちを切り替えています」。

インタビュー時の写真

演劇を愛して

 戸塚さんは、歌舞伎を含め、演劇や絵画が好きで、美術館や博物館、舞台に良く通っていたという。ただ、あくまでそれは趣味であり、大学入学当初は高校の教員になろうと考えていた。そうしたなか、赤間亮教授の授業を受けたことがきっかけとなり、歌舞伎を見るだけではなく、研究することの面白さに惹かれていった。
 「江戸中期の歌舞伎や浮世絵を研究していますが、現代の歌舞伎も大好きで、良く見に行きます。そうすると、現代の歌舞伎のおもしろさの背後には、江戸時代の歌舞伎の要素や影響があることに気づきます。そのとき、『数百年前、江戸時代の人たちも同じ思いで歌舞伎を楽しんでいたのかな』と思いを馳せ、この研究の面白さや醍醐味を実感しますね」。
 すっぽりと抜けた江戸中期・天明歌舞伎の実態を明らかにすることに取り組む彼女だが、次の研究では江戸歌舞伎を一気通貫して分析し、最終的には現代歌舞伎までに至る歌舞伎の通史を編みたいと語る。
 彼女の挑戦の先に、歌舞伎の新たな世界が開かれることを期待したい。

ARC前での撮影写真

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