アルギニンがタンパク質の異常凝集を阻害するメカニズムを解明〜筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬開発に期待〜

立命館大学薬学部の北原亮教授と生命科学部の吉澤拓也講師の研究グループは、アルギニンが前頭側頭葉変性症(FTLD)や家族性筋萎縮性側索硬化症(ALS)の発症に関わるRNA結合タンパク質 Fused in Sarcoma(FUS)の異常凝集体形成を阻害するメカニズムを解明しました。本研究成果は、2022年8月17日(日本時間)にイギリス王立アカデミーの国際誌「Physical Chemistry Chemical Physics」に掲載されました。

【本件のポイント】

  • FUSが形成する2つのLLPS状態(LP-LLPS,HP-LLPS)のうち、HP-LLPSで不可逆的な異常凝集体の形成が加速されることが分かった。
  • アルギニンやドパミンが、通常のLLPS状態(LP-LLPS)への作用は小さい一方で、凝集性が高いHP-LLPSを選択的に形成阻害することが示された。
  • アルギニンが神経細胞内で異常凝集体の形成を阻害することが知られていたが、その凝集阻害メカニズムを解明した。
  • グアニジノ基やフェノール基を有する化合物で同様な異常凝集の形成阻害効果が期待できることから、FUSの異常凝集が原因となる家族性ALSの医薬品開発が期待される。

研究の背景

アルツハイマー病や筋萎縮性側索硬化症(ALS)など多くの神経変性疾患には効果的な治療薬がありません。神経変性疾患の多くは、タンパク質が液-液相分離(LLPS)状態を経てアミロイド線維など不可逆な異常凝集体へと成熟し細胞毒性を持つことが知られています(図1)。ALSの患者では、RNA結合タンパク質であるTAR DNA-binding protein 43 (TDP-43)や Fused in Sarcoma (FUS)の細胞質内での異常凝集が見られ、その凝集メカニズムや疾患との因果関係について研究が進められています。一部の家族性ALSでは、細胞質内でのFUSの異常凝集が発症の原因であることがわかっているため(Brain 139, 2380-2394, 2016)、異常凝集の形成メカニズムが盛んに研究されています。本研究グループは、以前にFUSのLLPSには2つのタイプ(LP-LLPSとHP-LLPS)があることを圧力紫外可視吸光度測定(UV-Vis)法により発見しました。圧力下で安定なHP-LLPSは、LPLLPSに比べ不安定ですが常圧でも存在し、体積が小さく、タンパク質が密に集合した状態であることを示しました。また、圧力ジャンプ法によるLLPSの形成と消失のリアルタイム観測により、形成している時間が短い限りはLP-LLPSやHP-LLPSは可逆的に形成と消失を繰り返すことを示しました。

研究内容

今回の研究では、圧力ジャンプUV-Vis法を用いたLLPS形成と消失のリアルタイム観察において、LLPS形成時間を10分から120分まで変化させました。LP-LLPSの場合は形成時間が120分でも完全に可逆的に形成と消失を繰り返す一方で、HP-LLPSでは形成時間が30分を超えると消失しにくく凝集物が蓄積することが分かりました。この結果は、HP-LLPSで不可逆的な異常凝集体形成が加速されたことを意味します。

光褪色後蛍光回復(FRAP)法によりFUSが形成する液滴の流動性を観察したところ、LP-LLPSでは7時間以内では全く流動性が変化しないのに対し、30時間を超えると流動性が顕著に失われ異常凝集体が蓄積することが分かりました。また、加圧によりHP-LLPSを形成させた試料では7時間以内でも流動性が顕著に低下することが分かりました。流動性の点からも、HP-LLPS内で異常凝集体の形成が加速されることが分かりました。

低分子化合物によるLLPSの形成阻害効果を調べたところ、アルギニン、ドパミン、ピロカテコールがLP-LLPSの形成を阻害しない一方で、HP-LLPSの形成を選択的に阻害することが分かりました(図1)。またFRAPを用いた実験から、アルギニンは異常凝集体の形成も阻害することも見出しました。これらの結果から、FUSにはHP-LLPSを経由した異常凝集経路があること、アルギニンはHPLLPSの形成を阻害することで異常凝集体形成を顕著に遅延させることが分かりました。

図1. タンパク質凝集の過程と低分子化合物による凝集阻害
図1. タンパク質凝集の過程と低分子化合物による凝集阻害

今後の展開と社会へのインパクト

神経変性疾患では、疾患原因となるタンパク質がLLPSを形成し、時間と共にアミロイド線維など異常凝集体へと転移する事例が多数報告されています。異常凝集体を形成しやすいLLPSを発見し、その形成を阻害する化合物を探索することで医薬品開発の促進が期待できます。高い濃度でアルギニンを配合したサプリメントが市販されていますが、ALSの予防効果や治療効果については、細胞や動物を用いた更なる研究が必要です。

論文情報

  • 発表雑誌: Physical Chemistry Chemical Physics
  • 論文名:Mechanism underlying liquid-to-solid phase transition in fused in sarcoma liquid droplets
  • 著者:Shujie Lia, Takuya Yoshizawab, Yutaro Shiramasaa, Mako Kanamaruc, Fumika Ided, Keiji Kitamuraa, Norika Kashiwagic, Naoya Sasaharad, Soichiro Kitazawac, Ryo Kitaharaa,c,*
  • 所属:a立命館大学大学院薬学研究科、b立命館大学生命科学部、c立命館大学薬学部、d立命館大学大学院生命科学研究科
    *:責任著者
  • 掲載URL:https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2022/cp/d2cp02171d
  • DOI:10.1039/D2CP02171D

用語解説

液-液相分離(Liquid-Liquid Phase Separation: LLPS)
液-液相分離

液体が2成分以上で形成されるとき、成分比が異なる複数の液相が形成される場合があります。タンパク質水溶液の場合、タンパク質濃度が薄い相と濃い相に分離します。今回の実験条件では、薄い相の中に濃い相が液滴を形成するため、濁度の変化や顕微鏡により観察できました。図はFUSの液滴形成の高圧顕微鏡写真で、3-5μmの小さな粒子が液滴です。複数の液滴がクラスター形成した様子も見られます。

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