配達用のドローンが空を飛び、自動運転車が行き交い、AIで制御されたサービスロボットが人々の生活を支える……ほんの数十年前まで夢物語だった未来社会が、今では手を伸ばせば届きそうなところまで実現しつつある。自動制御システムに関する技術が進歩する一方で浮上してきているのが、ひとつの空間で複数のシステム群を統合するためのシステム(SoS: System of Systems)をいかに構築し、社会に受容される形で運用していくことができるかという課題だ。

こうした課題に対応するため、立命館大学大阪いばらきキャンパス(OIC)を“模擬社会”に見立てた実証実験がはじまっている。この一大プロジェクトを統括するのは、研究担当副学長として「本気の文理融合」を進めたいと言う徳田昭雄先生だ。次世代研究大学の実現に向け、プロジェクトに込めた思いを伺った。

大阪いばらきキャンパスで展開される実証実験のイメージ
大阪いばらきキャンパスで展開される実証実験のイメージ

イノベーションの停滞を打破する大胆なプロジェクト

立命館大学がNEDO(国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)の「産業DXのためのデジタルインフラ整備事業/複雑なシステム連携時に安全性及び信頼性を確保する仕組みに関する研究開発」において、民間企業と共同で進めるプロジェクト「SoS時代のシステムの安全性・信頼性とイノベーションの両立に向けたデジタルインフラ整備及びガバナンスのあり方に係わる研究開発」を開始した。NEDOの実証事業として、はじめて「社会システム」を研究開発の対象とした野心的なプロジェクトである。リビングラボとしてキャンパスをまるごと実証実験の場にしてしまおうという大胆なプロジェクトの背景には、日本のイノベーションをめぐる危機的状況があるという。

「一昨年に開催された東京オリンピック・パラリンピックは、自動運転車をはじめ日本のテクノロジーのお披露目の場と期待されていました。しかし残念なことに、パラリンピックの選手村において自動運転バスが選手と接触するアクシデントが発生してしまいました。事故の原因は人為的なミスだったと後に判明したものの、AI搭載の自動運転車に対する信頼感の低下は避けられませんでした。それ以来、公共の場でのイノベーションの実装に厳しい目が注がれています。

日本は、イノベーションによるメリットよりも『決して事故を起こしてはならない』という「安心・安全」に重きをおく社会風土にあります。ですので、一旦アクシデントが生じてしまうと、イノベーション熱が急速に萎んでしまいます。そのような風土を変えていくためには、アクシデントを引き起こさない仕組みを磨き上げることが重要です。と同時に、万が一アクシデントが生じたとしても事後の改善や迅速復旧に結びつくようなガバナンスのあり方や、イノベーターのディスインセンティブとなる様々な要因を取り除いていくことも大切でしょう」

あらゆるシステムがつながるSoSの時代においては、開放的なシステムの不確実な振る舞いが予見不能なアクシデントに発展しかねない。そのような状況では、従来のトップダウンによるハードローでの問題対処に限界がある。なぜなら、SoSでは原因の特定が困難であり、原因になっているかもしれない関係者は罰則をおそれて情報を積極的に開示しない。したがって原因究明もままならない。ようやく原因究明に至ったとしても、迅速な被害者への補償は適わない。これに対してたとえばEUでは、国際標準規格などのソフトローに準拠したうえでのアクシデントであれば、公的補償がきいたり、調査に協力することによって損害賠償請求が免責されたりする仕組みが整いつつある。SoS時代にあって、ソフトローを上手く活用しながら、「安心・安全とイノベーションの両立」を図るのが本実証の狙いという。

「本学は3年前にキャンパス内に清掃ロボットを導入し、日本の大学として初めてロボットガイドラインを設けました。BKCやOICでは複数のメーカーのロボットが稼働し、ロボットとの共生をはじめています。私たちは、この「共生」の流れを持続可能なものにする社会を探究します。そのために必要な社会受容性や技術基盤のあるべき姿を考えています。とはいえ、現在のガイドラインでは備えが万全とはいえません。予見不能な事態が生じた場合であっても、次の改善に繋げることができるようなガイドラインに更新していきたいです。最終的にはロボットや施設から収集されるデータを連携させて原因究明の自動化を図ったり、シミュレーション技術を駆使してしっかりリスクマネジメントを行うとともに、軽微なインシデントであればその場で問題解決を図ることのできるようなガバナンスを提言していきたいです。」

プロジェクトでは、基盤となるデジタルインフラの整備がOICにて進められていくという。すなわち、キャンパスを利用する人々のイノベーションに対する価値評価やリスク選好を加味しつつ、キャンパス施設側が把握しているデータと複数のロボットやエレベータが取得するデータの横断的連携を図る「アジャイルガバナンス・プラットフォーム」や「シミュレーション・プラットフォーム」の開発・実装である。

「三権分立」のシステムをもつ疑似社会としての大学だからこそ、実際のデータによる横断的なデータ運用の実証実験が可能になる
「三権分立」のシステムをもつ疑似社会としての大学だからこそ、実際のデータによる横断的なデータ運用の実証実験が可能になる

「このような実証実験を行う擬似的な社会として、大学という場所はうってつけです。大学は、学生、教職員、地域住民が行き来する適度に管理された空間です。また、ネットワークセキュリティやプライバシーなど諸々の課題に配慮・対応できる多様な研究者が存在します。さらには、テクノロジーの進化や社会的受容性に合わせて、倫理的・法的な仕組みの開発を進めることのできる環境が整っています。事業会社でもなく、自治体でもなく、私学 立命館だからこそ、社会に貢献できることがあると考えています。三権分立機能を有する立命館は、マルチ・ステイクホルダーの声に耳を傾けながら、学内の諸機関との協業を通じて社会システムのプロトタイプを作成し、社会に出す前にその効果を検証していきます」

テクノロジーと社会受容性の両輪を「本気の文理融合」で実現したい

立命館大学の研究を推進する立場の副学長として、プロジェクトには特別な思いがこもっているという。

「キャンパスをオープンイノベーションの場として最大限活用することは2030年の立命館を見据えた『R2030』のなかでもうたわれています。特にOICはSCC(Social Connected Campus:ソーシャルコネクテッド・キャンパス)というコンセプトを掲げ、「社会連携を通じて新たな価値を創出する先端的実証実験の場」になることを目指しています。本プロジェクトは、私たちのビジョンやコンセプトと軌を一にしています。

「本気の文理融合」は、前任の松原洋子先生(現 教学担当副学長)から3年前に引き継いだ研究政策のモットーです。それ以来、「文理融合」をさらにダイナミックに展開していくにはどうしたらよいのか、ずっと思考を巡らせていました。そんな中、経済産業省さんやデジタル庁さんにアピールし応援いただくことになったのが本プロジェクトです。他学や外部の方にはあまり知られていないのですが、立命館にはR-GIROをはじめとする領域横断的な文理融合研究ネットワークがキャンパスを越えて縦横無尽に張り巡らされています。産学官市民連携のオープンイノベーションの実績も豊富です。さらには、教職協働という形で職員さんとの協働実績では他学の追従を許しません。これらの強みを更に伸ばしていくために、強みを掛け算できるプロジェクトを組成できないか、と思い立った次第です」

「本気の文理融合」とは何を指すのか。このプロジェクトの肝であるアジャイルガバナンス、つまりシステムを実際に運用しながら随時改善を図っていく仕組みがそれに当たるという。

「イノベーションを最終的に受容するのはひとりひとりの個人です。ですので、社会実装を進めるためにはテクノロジーだけでなく、いかに人々に受け入れてもらえるか、つまり社会受容性の醸成がカギになります。たとえば自治体レベルで社会実装を進めるとして、住民がその良し悪しや改善の要望を伝える機会は限定的です。そうではなく、普段からLINEなどを使ってカジュアルに意見をフィードバックし、それがすぐにシステムの改善に活かされる仕組みができれば、社会受容性はもっと高まっていくことでしょう。

今回のプロジェクトでも、ロボットの運用と並行してLINEなどのツールを利用して皆さんの声を集約し、システム改善につなげるプラットフォームをつくります。こうした仕組みの開発・実装には自然科学系の専門家のみならず、社会学や心理学、法学といった人文社会科学の専門家との協働が肝要です。テクノロジーと社会受容性の両輪を回しながら相互に改善をはかるシステムは、本気の文理融合、多様なステイクホルダーとの対話なしにはありえません」

テクノロジーと社会受容性の双方がそろってイノベーションは実を結ぶ。技術力に優れた日本がロボット産業で米中欧に出遅れないためにはどうすればよいのか。

「問題のひとつは、日本のメーカーが社会受容性の重要性に気づけていないことです。欧米企業の戦略を見ると、テクノロジーとそれを運用するためのルール、法律への対応をセットで社会実装を図るというのが当たり前です。たとえば、羽田空港内でもサービスロボットが稼働しています。しかし、そのほとんどは海外製です。なぜなのか? それは、日本のメーカーの営業はロボットの性能や納期、価格の話をする一方、欧米のメーカーの営業はアクシデントやトラブルが起こったときの法的な対処や補償の仕組みに力点を置いているからです。エンジニア目線の社会実装では勝てません。ロボットが利用される社会的な文脈や利用者の目線に合わせた社会実装を探究していきたいです」

「ランチ問題」から展開するリビングラボとしての大学

とはいえ、複雑なシステムをゼロからつくることは容易ではない。そこでまずは、実際にキャンパスで起こっている問題を解決するためのシナリオをつくることから着手するそうだ。

「研究プロジェクトに参画して下さっている産業社会学部の大谷いづみ先生は、車椅子を利用されています。昼時の食堂やカフェは大混雑ですので、車椅子ではまず利用できないと諦めてしまうのだそうです。そこでまず、お店や生協とのデータ連携を行い、配送ロボットがお店から研究室までランチを届けてくれるユースケースを立てました。D&I配慮の食サービスの提供です。次の段階では、そもそもの昼どきの混雑が問題なわけでして、「混雑の解消」に賛同下さる利用者からデータを提供していただき、利用時間を分散・需給の平準化ができるような仕組みをつくれないかと考えています。最終的には、大学構内だけでなく周辺地域との需給データの連携を図ることによって、地域における売れ残りを減らしていく。ひいては世界一のフードロス大国の汚名返上に資する取り組みにしたいと願っています。このように、D&I配慮や需給平準化、フードロス削減などの「社会共生価値(大義)」を掲げながら、皆さんとの合意形成を図りつつ実装を着実に進めていきたいです」

データ連携によるロボットの連成運用、社会受容性の醸成、ガイドラインのアップデートとさまざまな要素が複雑に絡まりあったプロジェクトだが、どのように進められているのだろうか。

「プロジェクトは4つのテーマに分かれて、それぞれ専門家の先生が中心となって学内外の協力機関と協力しながら進めています。1つ目は、サービスロボットを安全かつ円滑に稼働させるためのデータ連携プラットフォームをつくる研究です。情報ネットワークがご専門の山本寛先生にお願いしています。2つ目はロボット運用のガイドラインをつくる研究です。AIと認知科学がご専門の稲葉光行先生が担当し、リスクマネジメントがご専門の山田希先生、ロボット安全規格(ISO 13482)を策定された産総研の大場光太郎先生(4月より本学クロスアポイント教授)にも加わっていただいてます。3つ目は社会受容性を醸成するための仕組みをつくる研究です。デザインマネジメントがご専門の後藤智先生、そして大谷いづみ先生、川端美季先生などに担当いただいてます。

4つ目は、これら全体を統合的にシミュレーションするシミュレーション・プラットフォームの研究開発です。実際のキャンパスではアクシデントを起こすわけにはいきません。ですので、そうした不測の事態の可能性をシミュレーション上で検証するほか、ロボットだけでなく自動運転車やドローンを加えた拡張的なシステムを構想します。組込みシステムの専門家である冨山宏之先生とドローンが専門の孔祥博先生が担当されています。そして、Safety(安全性)、Security(セキュリティ)、Privacy(プライバシー)への配慮という総合的な観点から、情報理工学部の上原哲太郎先生にシステム全体の監修をお願いしています」

2月10日にキックオフシンポジウムを行い、プロジェクトは本格的に動きだしたばかり。当面の目標である配送システムの実装は今秋を予定しているというから、本気のスピード感だ。今回のプロジェクトによって、ゆくゆくは、世の中に出す前に「OICで試したい」、「社会実装なら立命館」と学内外のイノベーターから評価してもらえるような場にできればと徳田先生は期待を寄せる。

プロジェクトについて熱く語る徳田昭雄先生
プロジェクトについて熱く語る徳田昭雄先生

2030年に向け、総合知を実践できる大学へ

最後に、徳田先生のめざす「次世代研究大学」像について伺った。

「次世代研究大学とは、社会共生価値の実現に向けて総合知を実践的に発揮できる大学だと考えています。

総合知とは、社会的に解決すべき課題を見出す力であり、それを実際に解決する知恵です。これには文理融合、オープンイノベーションをさらに突き詰めていくことが必要になります。そうした文理融合にいよいよ本気で取り掛かっていくんだという決意を示したのが『R2030』なのだと解釈しています。幸い立命館は、50を超える特色ある研究所・研究センターの研究活動を基盤として、総合知を実践的に蓄積してきたレガシーを有しています。そうした強みを一気にひろげ、花開かせるのが2030年に向けた8年間になると思います。

また、忘れてはならないのは、立命館には研究や教育のために一肌脱いでくれる教員顔負けの経験をもった職員さんがいらっしゃることです。今回のプロジェクトでも「ロボット課長」と呼ばれている職員さんはじめ、数多くのタレントが表に裏にサポートして下さってます。本気の文理融合、さらに教職共創による総合知が試される一丁目一番地が今回のプロジェクトです。ぜひ温かい目で見守っていただきたいと願っています」

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