アンチセンス転写物による発現調節機構を用いた創薬の研究 | アンチセンス転写物の機能を見出し画期的な治療薬の創生に挑む。

アンチセンス転写物の可能性に着目

遺伝子(DNA)から転写されたRNAには、DNAに書き込まれた情報をタンパク質に翻訳するためのメッセンジャーRNA(mRNA)の他に、タンパク質をコードしないRNA、すなわちノンコーディングRNAが存在します。最近の網羅的なトランスクリプトーム解析によって、予想以上に多くのノンコーディングRNAが存在することが明らかになりました。このプロジェクトで着目する「アンチセンス転写物」は、アンチセンスRNAともよばれ、遺伝子のアンチセンス鎖と同じ配列を持っていて、ノンコーディングRNAの一種です。私たちは、アンチセンス転写物が、それまで考えられていたような単なるジャンク(くず)ではなく、さまざまな機能を持つのではないかと考え研究を続けてきました。その結果、アンチセンス転写物とmRNAが互いに影響することで、タンパク質の発現を調節するメカニズムを世界に先駆けて解明しました。

mRNAを安定化するアンチセンス転写物を発見

ウィルスや細菌が体の中に入ると炎症を起こします。それを抑えるプロセスは次のようなものです。細菌の毒素(内毒素、エンドトキシン)やウィルスによって作られるインターフェロンγによって、クッパー細胞(肝臓のマクロファージ)が刺激されると、一酸化窒素合成酵素(iNOS)によって一酸化窒素(NO)が合成されます。クッパー細胞はサイトカイン(細胞間の情報伝達をするタンパク質)を放出し、このサイトカインが肝細胞を刺激することで、肝細胞からもNOが合成されます。NOは化学反応性が高く、ウィルスの増殖を抑えたり、細菌を殺します。私たちは、ラットの肝細胞内でiNOS遺伝子のmRNAとアンチセンス転写物の両方が転写されていて、その結果、iNOS mRNAが安定となることを発見しました。

アンチセンス転写物の解析に用いる、ラットの初代培養肝細胞

NOはウィルスや細菌から体を守りますが、NOが過剰に作られると、かえって炎症はひどくなり、細胞を障害します。これが進行すれば、敗血症ショックなどの重篤な状態に陥りかねません。

私たちはさらに、iNOS mRNAと同じ配列の短いDNA(センスオリゴヌクレオチド、以下センスオリゴと略す)を細胞に与えると、mRNAが分解してNOの合成を抑えられることを見出しました。これはiNOSのセンスオリゴが、まったく新しいメカニズムに基づく治療薬となりうることを意味します。

アンチセンス転写物から創薬を

このプロジェクトでは、iNOSセンスオリゴを動物に投与して、敗血症などの治療を試みようとしています。さらに、アンチセンス転写物を介して遺伝子発現を調節するメカニズムはiNOS遺伝子に限らず、多くのサイトカインに共通するのではないかと予想しています。既に多くのサイトカイン遺伝子でアンチセンス転写物を発見しています(未発表データ)。そのうちの一つは、ウィルス感染との関係が深いことが示唆されています(未発表データ)。さらには、医工が連携する環境を生かして、RNAの立体構造を予測し、センスオリゴを設計するプログラムを開発することも視野に入れています。

いずれはサイトカインのセンスオリゴを用いた、まったく新しい核酸医薬品を開発する道筋をつけたいと考えています。将来、このプロジェクトから、新型インフルエンザやC型肝炎などの治療薬を生み出すことができるかもしれません。

アンチセンス転写物、ノンコーディングRNA、炎症、一酸化窒素、サイトカイン、センスオリゴヌクレオチド

西澤幹雄 教授

西澤幹雄 教授

1983年 富山医科薬科大学(現富山大学)医学部医学科卒業。医師免許取得。'87年 東北大学大学院医学研究科博士課程 単位取得後満期退学。医学博士。'87年 (財)大阪バイオサイエンス研究所第1部門特別研究員、'89年 同研究員。'92年 ハンブルク大学生理化学研究所フンボルト財団客員研究員、'93年 ジュネーブ大学理学部分子生物学・生化学講座特別研究員、'95年 関西医科大学医化学教室助手、'97年 同講師。'07年 立命館大学理工学部教授、'08年 同生命科学部教授、現在に至る。日本生化学会、日本分子生物学会に所属。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:西澤幹雄

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