創薬ならびに有用機能性有機分子創生を志向するサステイナブル精密合成研究 | サステイナブルな典型元素のヨウ素を用いて未知の化合物や反応性を見出す。

資源豊富で安全なヨウ素に着目

21世紀に入り、有機化学の分野においても環境に優しく、サステイナブルな化学技術に合致した合成反応の開発が重視されるようになってきました。

これまで私たちは、優れた生物活性を持ちながら微量しか得られず、複雑な高次構造を有する天然物を全合成し、それらをリード化合物に用いる創薬研究を行ってきました。その研究の中で30年近く前から着目してきたのが、ヨウ素です。ヨウ素は、資源の乏しい我が国にあって、世界の生産量の約40%を占め、自給自足が可能な数少ない資源です。しかも重金属とは異なり、環境に負荷を与えないグリーンケミストリーに合致します。ヨウ素を有効利用した有機合成や新材料の開発が進めば、日本独自の新しい産業を確立する基盤ともなり得るはずです。

重金属に代わる環境調和型の合成を達成

私たちは、毒性の大きな重金属反応剤の代わりに環境調和型のヨウ素などに由来するユニークな活性種や反応剤を用いて独自の合成手法を開発し、数々の複雑な天然物の全合成を成し遂げてきました。

さらに、炭素、窒素、酸素などのカチオンおよびラジカル種、硫黄やヨウ素などの酸化-還元能を利用した新規骨格構築法を確立しました。これらは幅広い有用物質の合成を可能にする鍵反応として、国内外から高い評価を受けています。中でも画期的なのは、超原子価ヨウ素反応剤により、芳香環上にカチオンラジカルが生じることを世界で初めて発見したことです。超原子価ヨウ素反応剤の触媒化や高い不斉反応を達成し、これらを用いて、メタルを使わずに非活性化芳香族化合物のクロスカップリング反応に成功するなど、これまで困難とされてきた課題を次々とクリアしてきました。

プロジェクトでは、超原子価ヨウ素を用いた環境調和型合成の開発、硫黄元素を多段階に活用する新しい骨格構築と官能基化など、典型元素の未知の性質を利用した鍵反応の特徴の明確化を目指しています。

すでに私たちは、ディスコハブティンA、フレデリカマイシンA、γ-ルブロマイシンなどの抗腫瘍活性天然物を世界で初めて全合成することに成功しました。プロジェクトでは、ヨウ素や硫黄の特性を利用する基盤研究をもとに、これらの天然物の合成中間体や誘導体の簡便かつ効率的な合成を達成するとともに、これらの生物活性評価に基づいて標的化合物をデザインし、創薬の探索研究を進めています。

糖尿病薬探索における対話的ドッキングスタディによるリード化合物の最適化研究

ヨウ素を含む新規材料の開発を目指す

今後は、ヨウ素を有機合成ツールとして用いるだけでなく、ヨウ素そのものを含む新規材料の開発を見据えて化合物を設計したいと考えています。一例としてジアリールヨードニウム塩型化合物に注目しています。この化合物は通常1価ヨウ素の結合様式とは異なり、芳香環の一つがヨウ素のアピカル位に結合して90度という前例のない結合様式で構築されます。私たちは、つい最近これらの固相担持に成功しました。強固な炭素-ヨウ素結合を介したこの化合物は、他の元素からは創ることができないユニークな構造を持っており、新しい物性や機能を発現させられないかと期待を寄せています。

今後も医薬品合成中間体などの生物活性物質に焦点を当て、ヨウ素をレアメタルの代替としてだけでなく、レアメタルに勝る有用資源としての有用性を実証していきます。これらの研究が創薬として結実する未来を見据えることが、何よりの励みです。

ヨウ素、超原子価、有機合成、機能性分子、環境調和、元素戦略、有機触媒

北 泰行 教授

北 泰行 教授

1972年 大阪大学大学院薬学研究科薬品化学専攻博士課程修了。薬学博士。'72年 同大学薬学部助手、'75年 米国マサチュセッツ工科大学文部省在外研究員(2年間)、'83年 大阪大学薬学部助教授、'92年 同教授、'08年 同名誉教授、'08年 立命館大学総合理工学院薬学部長。現在に至る。日本薬学会(監事)、日本化学会、アメリカ化学会、国際複素環学会、有機合成化学協会、近畿化学協会、ヨウ素学会、日本抗生物質学術協議会に所属。'86年 日本薬学会奨励賞、'97年 日本薬学会貢献賞、'02年 日本薬学会学会賞、'07年 ヨウ素学会賞を受賞。'07年 日本学術会議連携会員。

研究者の詳しいプロフィール
立命館大学研究者データベース:北 泰行
薬学部 精密有機合成化学教室 北研究室

このプロジェクトに関連する記事