Research Story 〜つながる研究、つなげる研究〜

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Story #5 斎藤真緒

推定100万人にのぼる男性介護者の実態をつかむ。

私は、男性介護者の実態を把握し、日本の男性介護者が直面している困難や課題を抽出しようと試みています。男性介護者は統計的に増えているにもかかわらず、既存の介護研究はいずれも「家族介護者=女性」という角度から行われており、男性介護の実態はほとんど捉えられていません。一方で、介護殺人・心中の加害者の約7割が男性であるという現実があり、男性介護の実態把握とともに、早急な支援や課題解決が待たれています。

私はまず、男性介護の質的調査・分析を行いました。インタビュー調査を始めてすぐに、実態をつかむ難しさにぶつかりました。対象者の多くが、自分自身の抱える困難や苦労を語ろうとしないためです。「男は弱音を吐くべきではない」「責任は一人で果たすべきだ」といった近代日本における男性観や仕事観のために、「SOS」を発することができず、一人で抱え込んでしまう男性介護者は少なくありません。現在、男性介護者は100万人を下らないと推計されていますが、その声はほとんど聞こえてこないのが実情です。

彼らが話しやすいような質問項目を工夫し、粘り強く聞きだす努力を続けた結果、男性介護者の多くが、介護に対する高い意欲を持っている反面、家事ができない、仕事との両立が難しいといった、さまざまな困難を抱えていることが明らかになりました。また、30代から50代の働き盛りで介護のために転職や離職に踏み切らざるを得ない男性介護者の存在も浮かび上がってきました。

「男性介護ネット」を通じて男性介護者を支援する仕組みを模索する。

実態調査を通して実感したのは、男性が介護を引き受けていくには、社会的な支援が不可欠だということです。そこで2009年、男性介護者と支援者の全国ネットワーク「男性介護ネット」を設立しました。以来、男性介護者を支える活動を行いながら、どう支えるべきかについて調査・研究を続けています。その成果の一つが、男性の介護体験を綴った手記を冊子にまとめたことです。同じ境遇の人の体験を知らせることで、一人で抱え込む男性介護者を減らすことが狙いでした。「男性介護ネット」を通じて募集したところ、毎回150にのぼる手記が集まり、2011年に3冊目を発行しました。

一方で、福祉先進国といわれるイギリスの介護支援制度やサービスについても研究しています。イギリスの介護支援の特徴は、介護される本人だけでなく、「介護者」への支援も重視する点です。また、経済的支援だけでなく、介護休業制度、再就職支援や介護支援サービスなど、支援のあり方も多岐にわたり、多様な働き方や生き方に対応する仕組みが整っています。こうした福祉先進国の事例を分析し、日本の支援制度の充実に生かしたいと考えています。

企業とともに、仕事と介護を両立させる制度を構築したい。

現在、取り組んでいる課題は、「働きながら介護する環境をどうつくるか」ということです。企業で働く労働者を対象に統計調査やインタビュー調査を実施し、介護と仕事の両立のためにどんな支え方があるのかを体系的に明らかにしようとしています。

働き盛りで介護に直面する人が多い実情を見れば、介護を抱える労働者を支えていくことは、企業にとっても重要な課題のはずです。私たちの強みは、支援団体を通じて介護の当事者とつながっていること。「生」の情報をもとにした研究成果を提供することで、実態に即した支援制度を企業と一緒に構築していけると考えています。

学術の世界では、客観性や合理性が求められますが、現実の社会はそう単純に割り切れることばかりではありません。現場とかかわる中では、思い通りにいかず、無力感にさいなまれることもあります。しかしその中でこそ、進むべき道や課題も見えてくるのです。こうした分野に関心を持つ後輩たちにも、研究を社会にどう生かすのかを考え、自分の信念を育んでほしいと願っています。

  • 官公庁・地方自治体のみなさまへ

    研究、および介護支援を通じて得た知見・経験を介護・福祉政策の充実に役立てることができます。

  • 企業のみなさまへ

    働く人の介護の実態や課題など有意な情報を提供し、仕事と介護の両立を可能にする福利厚生制度の充実やノウハウの蓄積を一緒に行っていきたいと考えています。

  • 若手研究者のみなさまへ

    やりがいを感じるのは、社会や現場の役に立てた時。社会や現場に貢献するために、研究を通して自分は何を目指すのかを考え、信念を育んでください。


斎藤真緒

Mao Saito

産業社会学部 准教授

2001年 立命館大学大学院社会学研究科博士課程後期課程修了。博士(社会学)。立命館大学衣笠総合研究機構ポストドクトラルフェローを経て、2005年 産業社会学部准教授、現在に至る。日本社会学会、日本家族社会学会、日本保健医療社会学会に所属。「男性介護者と支援者の全国ネットワーク」運営委員、思春期保健相談士としても活動。

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