Research Story 〜つながる研究、つなげる研究〜

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Story #7 中谷友樹

空間統計技術とマッピング技術を用いて、疾病リスク要因を解明する。

19世紀のロンドン、半径1kmほどの範囲で謎の感染症が流行しました。罹患者の分布図を見ると、患者が集中する地域の中心に水道ポンプがあることがわかりました。これによってコレラ菌が確認されるより前に、コレラが水を媒介に広がっていることがつきとめられました。このように、疫病に罹患した患者の分布を地図に描くことで疾病のリスク要因を浮き彫りにする手法は空間疫学といわれ、古くから用いられてきました。さらに現代、GISの普及とともに空間疫学は急速に発展を遂げています。私は、新たな空間統計技術、およびそれを地図に表現するマッピング技術を開発するとともに、それらの技術を用いて犯罪や疾病・健康などの「見えなかった」傾向や実態を明らかにしようとしています。

「ならす」「ゆがめる」技術でアスベスト被害の実態を視覚化。

成果の一つが、地理的格差を「ならす」、そして「ゆがめる」技術を用いて、アスベスト被害の実態を「見える化」したことです。信頼に達しない数値を平滑化し、分布を「ならす」空間的スムージング技術と、人口の割合に比して地図上の面積を「ゆがめる」カルトグラムを組み合わせ、市町村別の中皮腫の死亡者数を地図にプロットしました。その結果、どの地域に中皮腫の死亡者が多いのかを視覚化することに成功しました。これによって中皮腫の死亡率が、アスベスト被害が問題化した兵庫県尼崎市のクボタの旧神崎工場周辺をはじめ、アスベストを使う工場のあった地域、さらにアスベストが大量に用いられた造船業の盛んな地域にも多いことを見出しました。

同様の手法を用いて全国のすべての死因による死亡率を調べたところ、東京・大阪といった人口の集中する大都市圏の中に、最も健康な地域と最も不健康な地域がならんでいること、中でも富裕層が多く住む郊外地域は死亡率が低く、一方同じ大都市圏のブルーカラー層が集積する、いわゆるインナーシティ的地域の死亡率が高いことが分かりました。この結果から、社会格差が健康格差を生んでいる実態が浮かび上がってきます。

また、「まとめる」、「あてはめる」技術を用いて、「街」を類型化し、地理的データリンケージと予測を可能にしました。町丁目レベルの比較的狭い範囲を対象に、サンプルとなる「街」で主観的な健康感を調査。各「街」をタイプごとに類型化し、類型ごとに解析しました。ここから、経済的に豊かな街ほど健康感が高いことが明らかになりました。似たような「街」は似た問題を抱えているという仮説に基づいて、類型の結果を別の地域に「あてはめる」ことで、その地域の特性を予測することを可能にしました。

地理的データに時間軸を導入し、犯罪や疫病の発生情報を3次元で表現。

さらに地理的データに「時間」軸を導入することで、3次元空間「時空間キューブ」に犯罪や疾病の発生情報を描く手法を開発しました。これによって、例えばひったくりといった犯罪が多く発生している「ホットスポット」を明らかにするだけでなく、「いつの時期」に多く発生するのかも視覚化できるようになりました。犯罪には、転移現象が起こることは知られていますが、これが起こる様子を時空間キューブは明確に描き出すことができます。

以上のような成果は、健康政策の立案や犯罪防止策の策定に有効な知見を提供します。自治体などと協力することで、地域に貢献していくこともできると考えています。

地理学的なデータ解析技術を用いてみてみると、統計データから思いもよらなかったことが見えてきます。それが、研究の面白いところです。一方で、見ようとする現象や対象の社会的背景や特性、問題点を理解していなければ、数字を読み解くことはできません。若い人には、分析手法に対する知識はもちろん、さまざまな現象に対して幅広く知ろうとする好奇心が必要です。それを磨けば、単なる統計データからまったく新しい情報を見出すことができるでしょう。

  • 地方自治体のみなさまへ

    統計データから、健康・医療・犯罪についての新たな問題や知られざる原因を発見し、健康政策の立案や犯罪防止策の策定に有効な知見を提供することができます。

  • 若手研究者のみなさまへ

    若い人には、研究対象について幅広く知ろうとする好奇心が必要です。それを磨けば、単なる統計データからまったく新しい情報を見出す面白さを実感できるでしょう。


中谷友樹

Tomoki Nakaya

文学部 准教授

1997年 東京都立大学大学院理学研究科地理学専攻博士課程修了。博士(理学)。1997年 立命館大学地理学教室専任講師、2000年 同助教授、現在に至る。日本地理学会、人文地理学会、日本都市計画学会、地理情報システム学会、日本公衆衛生学会、米国地理学者協会、日本エイズ学会、日本感染症学会に所属。

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