立命館大学スポーツ健康科学部の家光素行教授、株式会社坪田ラボ(本社:東京都新宿区)代表取締役社長の坪田一男(慶應義塾大学名誉教授)、大阪ガス株式会社(本社:大阪府大阪市、代表取締役社長 社長執行役員:藤原正隆)などからなる研究チームは、ケトン体の1つであるβ-hydroxybutyrate(β-ヒドロキシ酪酸)を体内に投与することによって、短時間の最大運動を繰り返し発揮する運動(短時間最大運動)パフォーマンスおよび最大筋力を発揮する運動(筋力系)パフォーマンスが高まることを動物実験にて明らかにしました。さらに、ケトン体を投与することで、骨格筋内の代謝応答の変化がこれらの運動パフォーマンス向上のメカニズムに関与している可能性を メタボローム解析1にて明らかにしました。本研究成果は、2023年2月24日(日本時間)に、米科学雑誌「Medicine & Science in Sports & Exercise」(オンライン版)に掲載されました。


【本件のポイント】

  • ケトン体投与により、異なる運動パフォーマンス(持久系パフォーマンスと、筋力系パフォーマンスおよび短時間最大運動系パフォーマンス)の一時的な増加効果を動物実験にて検討。
  • ケトン体は、摂取後速やかに体内に取り込まれ、筋力系パフォーマンスを約9%向上、短時間の最大運動を繰り返し発揮する運動パフォーマンスを約60%向上させることを明らかに。また、短時間の最大運動を繰り返し発揮する運動時の乳酸産生を17%低下させる効果も証明。
  • ケトン体投与による短時間最大運動系パフォーマンス向上には、骨格筋におけるエネルギー供給能(クレアチンリン酸2TCAサイクル3の代謝経路)の活性化が関与することを明らかに。

 本研究の結果は、ケトンサプリメントやケトン食(ココナッツオイル、青魚、卵、きのこ類、野菜、海藻類などの糖質を控えて脂肪を増やす食事など)によって、短時間最大運動パフォーマンス(バスケットやサッカー、ラグビーなど)および筋力系パフォーマンス(筋トレなど)を一時的に向上させる可能性を示した知見になります。

研究成果の概要

 ケトン体は骨格筋においてエネルギー源として利用され、骨格筋のエネルギー代謝の効率に役立つ可能性が示されてきました。しかし、さまざまな運動パフォーマンスに対するケトン体補給の急性効果は明らかではありませんでした。本研究では、異なる運動パフォーマンスに対するケトン体の急性投与の効果を明らかにすることを目的としました。
 2つの実験を行い、実験1では、ケトン体投与後の持久系パフォーマンス(運動継続できる最大時間)、筋力系パフォーマンス(最大発揮筋力)、短時間最大運動系パフォーマンス(最大運動を繰り返し発揮する運動能力)の測定を行いました。その結果、短時間最大運動系パフォーマンス指標および筋力系パフォーマンス指標において、プラセボ摂取よりもケトン体摂取の方が有意に増大しました。次に、実験2では、短時間最大運動系パフォーマンスにとって重要な組織である骨格筋および心筋のケトン体投与によるエネルギー代謝の変動を、メタボローム解析にて網羅的に解析しました。その結果、ケトン体摂取における骨格筋のクレアチンリン酸TCAサイクルの代謝が、プラセボ摂取よりも活性化していました。

 本研究は、ケトンサプリメントの摂取によって短時間の最大運動を繰り返し発揮するような運動能力および最大筋力を発揮する能力といった運動パフォーマンスを一時的に向上させ、その機序には骨格筋のエネルギー供給経路の活性が関与している可能性を示した、世界で初めての研究です。

研究の背景

 ケトン体の1つであるβ-hydroxybutyrate(β-ヒドロキシ酪酸)はピルビン酸に代わり酸化され、TCA サイクルにアセチルCoA を供給することで、より多くのエネルギー(ATP)を作り出すことが報告されています。したがって、運動時のケトン体の利用は、エネルギー供給の活性により運動パフォーマンスを向上させる可能性があるといわれてきました。

 先行研究において、ケトン体の1つであるβ-hydroxybutyrate(β-ヒドロキシ酪酸)の補給が運動パフォーマンスに及ぼす影響は、持久系パフォーマンスを向上させる効果が示されていました。しかしながら、運動パフォーマンスはさまざまな運動能力によって規定されていることから、異なる運動パフォーマンスについても明らかにする必要があります。また、ケトン体摂取による運動パフォーマンス向上の機序についても骨格筋のエネルギー供給の活性化が関与していることが知られていますが、異なる運動パフォーマンスについては明らかでなく、さらに、運動パフォーマンスを規定するのは、骨格筋だけでなく、心臓も重要な役割を担っています。
 そこで、本研究はラットを用いて異なる運動パフォーマンスに対するケトン体の急性投与の効果を明らかにすることを目的としました(研究1)。さらに、効果機序を明らかにするために、骨格筋および心筋の代謝応答に対するケトン体急性投与の変動をメタボローム解析にて網羅的に検討しました(研究2)。

研究の内容

 【研究1】若年健常ラットは、プラセボ(PL)もしくはケトン体(KE)投与をランダムに行った、持久系運動(EE)、筋力系運動(RE)、短時間最大運動系運動(HIIE)グループに分けられました。KE(体重1kg当たり1000mg)もしくはPLを投与した10分後に、各運動様式のパフォーマンステストを実施しました。持久系運動パフォーマンスは運動継続時間を、筋力系運動パフォーマンスは最大発揮筋力を、短時間最大運動系パフォーマンスは短時間高強度運動(20秒全力運動+10秒休憩)の最大反復実施回数を、それぞれパフォーマンスの指標として測定しました。
 その結果、短時間最大運動系パフォーマンス指標および筋力系パフォーマンス指標において、プラセボ摂取よりもケトン体摂取の方が有意に高い値を示しました(Fig. 1)。しかしながら、持久系運動パフォーマンス指標は、ケトン体摂取グループとプラセボグループの間で有意な差はありませんでした(Fig. 1)。さらに、短時間高強度運動(20秒全力運動+10秒休憩を14セット)後の血中乳酸濃度は、プラセボ摂取よりもケトン体摂取の方が有意に低い値を示しました。

Fig. 1 異なる運動様式のパフォーマンスに対するケトン体投与の影響
Fig. 1 異なる運動様式のパフォーマンスに対するケトン体投与の影響

 【研究2】若年健常ラットをランダムに、プラセボ(PL)もしくはケトン体(KE)投与を行った、短時間最大運動系運動(HIIE)および安静(CON)グループに分けました。実験1と同様にKEもしくはPLを投与10分後、最大運動を繰り返し発揮する運動(20秒全力運動+10秒休憩を14セット)を実施しました。運動終了直後に骨格筋および心臓を採取し、メタボローム解析を実施しました。
 CON+PLグループと比較して、CON+KEグループでは骨格筋のアセチルCoA(Acetyl CoA)の供給が増加しており、TCAサイクルにエネルギー基質を多く供給できていることが示されました。また、HIIE+PLグループと比較して、HIIE+KEグループでは骨格筋のクレアチンリン酸(Creatine phosphate)やTCAサイクル全体の代謝レベル(ΣTCA)が有意に高値を示しました(Fig. 2)。
 これらのことから、ケトン体の急性投与により、ATP再合成に関わるクレアチンリン酸や酸化的リン酸化代謝に関わるTCAサイクルの代謝を向上させることで、最大運動を繰り返し発揮するような運動能力のパフォーマンスの向上に関与していることが明らかになりました(Fig. 2)。

Fig. 2 HIIEとケトン体投与が骨格筋のクレアチリン酸やTCAサイクルに及ぼす影響
Fig. 2 HIIEとケトン体投与が骨格筋のクレアチンリン酸やTCAサイクルに及ぼす影響

社会的な意義

 ケトン体は、サプリメントによる摂取やケトン食(ココナッツオイル、青魚、卵、きのこ類、野菜、海藻類などの糖質を控えて脂肪を増やす食事など)によって、健康維持・増進のために世界で活用されています。本研究は世界で初めて、ケトンサプリメントが短時間の最大運動を繰り返し発揮する運動(短時間最大運動)パフォーマンスおよび筋力系運動パフォーマンスを高めることを明らかにしました。  
 これは、ケトンサプリメントの摂取やケトン体摂取を目的とした食事が、アスリートのパフォーマンス向上にとって有効であることや、骨格筋のエネルギー代謝の活性化が期待できることから、運動による健康維持・増進の併用効果が期待できる知見であるといえます。また本研究の基礎的な知見は、効率的にケトン体を摂取する方法の開発に応用可能であり、多くのアスリートや健康を求める人々に対して意義のある成果だといえます(Fig. 3)。

Fig. 3 本研究成果の意義
Fig. 3 本研究成果の意義

論文情報

  • 論文名: Effect of Exogenous Acute β-hydroxybutyrate Administration on Different Modalities of Exercise Performance in Healthy Rats
  • 著者: Naoki Horii, Eri Miyamoto-Mikami, Shumpei Fujie, Masataka Uchida, Kenichiro Inoue, Keiko Iemitsu, Izumi Tabata, Shigeru Nakamura, Jun Tsubota, Kazuo Tsubota, Motoyuki Iemitsu
  • 発表雑誌: Medicine & Science in Sports & Exercise
  • 掲載日: 2023年2月24日(日本時間)
  • DOI: 10.1249/MSS.0000000000003151
  • 掲載URL: https://journals.lww.com/acsm-msse/Abstract/9900/Effect_of_Exogenous_Acute_hydroxybutyrate.228.aspx

用語説明

1.メタボローム解析:生物の代謝により生産される代謝化合物(メタボライト)を網羅的に解析するための測定方法。メタボライトの総体をメタボロームと呼び、生体内でのメタボロームの増減を網羅的に解析することができる。

2.クレアチンリン酸:細胞質でATPがADPとPに代謝されることでエネルギーが供給されるが、クレアチンリン酸のリン酸(P)とADPが再合成することで、ATP供給が速やかに行われる。

3.TCAサイクル:糖や脂肪酸などのエネルギー基質と酸素を使用して代謝することでエネルギーを産生する経路のことをいう。アセチルCoAと代謝し、TCAサイクルに入ることでATPを産生する多段階の化学反応が行われる。この反応は、細胞のミトコンドリア内で行われる。

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