光の偏光方向を制御しながら光を当てる位置を変える「角度分解偏光ラマン顕微鏡」を用いた実験イメー
    ジと得られたデータ。
光の偏光方向を制御しながら光を当てる位置を変える「角度分解偏光ラマン顕微鏡」を用いた実験イメージと得られたデータ。


【本研究のポイント】

  • 材料の原子の振動状態に加えて、原子の振動方向までをも特定できる新しい光学顕微鏡―角度分解偏光ラマン顕微鏡を開発。
  • この顕微鏡を用い高性能な超音波発生/検出素子である「リラクサー強誘電体」の内部に存在し原子の変位に由来する、+と-の電気の偏りを2次元的に視覚化。
  • リラクサー強誘電体の基本特性のひとつである「電気をたくさん蓄えられる」性質は、電圧をかける際にナノメートルの電気の偏りが“ゆっくり”と応答できることが原因であることが分かった。

研究概要

 島根大学・立命館大学・量子科学技術研究開発機構で構成された研究グループは、材料の原子の振動状態を調べることが出来る従来のラマン顕微鏡を発展させて、光の揺れる方向を表す偏光の情報を光学素子の角度を変えることによって取り込むことができる「角度分解偏光ラマン顕微鏡」を開発しました。これにより、原子の振動方向も特定することが出来るようになりました。 併せて、本顕微鏡で取得できる角度分解偏光ラマン画像に含まれる大量のデータを情報科学に基づいて正確かつ効率的に処理し、強誘電体材料の+と-の電気の偏り、すなわち分極に関する情報を抽出可能とする解析手法も開発しました。
 これらにより、超音波発生/検出素子として最も高性能な「リラクサー強誘電体」において、従来の手法では難しかった、「場所ごとの分極配置や分極が揺れる速さ」といった情報を取得することに成功しました。特に、「ナノメートルの大きさの分極がゆっくりと揺れる結果、電気をたくさん蓄えられる-つまり誘電率が高い」という点は工業的にも重要で、この知見はリラクサー強誘電体のさらなる高性能化、ひいては超音波診断画像の画質改善といった基礎から応用に幅広く役立つと期待されます。
 本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金事業(19H02618、19K05252、21H01018、 22H01976)、島根大学令和3年度島根大学研究支援事業の支援のもとで実施されました。
 また、この研究成果は2023年5月19日(日本時間)に『Communications Physics』誌に掲載されました。

研究背景

 「強誘電体」と呼ばれる物質グループがあります。この強誘電体は、電気を蓄える性質を生かした素子や電圧を加えると変形する性質を生かした素子として、電化製品の中に広く使われています。 強誘電体の内部には、「分極」と呼ばれる原子レベルで+と-の電荷の重心がずれることによって生じる電気の偏りが存在し、これにより蓄電(誘電性)に加えて、電気と力(圧電性)・電気と熱のエネルギー相互変換を可能にしています。IoTのセンシング、エネルギー回生や熱マネジメント等の先端技術の鍵を握っており、世界中で開発が進められています。
 近年、強誘電体の中でも、非常に優れた性能を有するリラクサー強誘電体※1と呼ばれる物質が注目を集めています。 Pb(Mg1/3Nb2/3)O3とPbTiO3の混晶に代表されるリラクサー強誘電体は、誘電率や圧電定数が非常に高いことから既に実用材料として市場に供されています。特に、超音波診断装置における超音波発生/検出素子として重要な役割を担っていて、リラクサー強誘電体のさらなる性能向上が期待されています。
 現在、リラクサー強誘電体が高性能な原因に関して、素子の内部でナノメートルサイズ※2の分極領域が不均質なパターンを形成することによって、たくさんの電気が蓄えられたり、同じ力からでもたくさんの電気を発生させたりすることができるということが分かっています。しかし、Pb(Mg1/3Nb2/3)O3とPbTiO3の混合比率と優れた誘電率や圧電定数の関係については、未解明な点がたくさんあります。

研究成果

 本研究では、Pb(Mg1/3Nb2/3)O3とPbTiO3の混合比率が誘電性に与える影響を詳しく調べるために、混合比率を連続的に変化させながら育成した結晶を使って、場所(観測座標)を変えながら材料の原子の振動状態を調べることが出来るラマンスペクトルを取得して、「ラマン画像」を作成しました(図1)。
 今回、従来の「1点で1スペクトル取得するラマン顕微鏡」を発展させた「角度分解偏光ラマン顕微鏡※3」を用いたことで、1点につき光の揺れる方向を表す偏光方向が異なる数十のスペクトルを取得することが可能となり、原子の振動方向の情報も得られるようになりました。そして、大量のスペクトルを含む角度分解偏光ラマン画像を多変量解析※4で処理して、情報科学に基づいて正確かつ効率的に分極の情報を抽出することができました。その結果、従来手法では困難であった、結晶内における分極配置やナノメートルの大きさの分極領域の揺れる速さを場所ごとに決めることができ、分極が揺れる速さを様々な混合比率で比較したところ、「ナノメートルの大きさの分極がゆっくりと揺れる結果、電気をたくさん蓄えられる―つまり誘電率が高い」ことが明らかになりました(図2)。

研究成果の意義と今後の展開

 角度分解偏光ラマン顕微鏡の開発と解析手法の発展により、これまでのラマン画像の情報に偏光の情報が付与され、物質の性質をより深く知ることができるようになりました。 今回明らかになった混合比率と誘電率の関係は、「大きくてゆっくりと揺れる分極を物質内に創れば高性能化するであろう」という材料開発における重要な指針を含んでおり、この新しい光計測で明らかにしたメカニズムを基に、リラクサー強誘電体の性能向上が期待されます。そして、リラクサー強誘電体の性能が上がれば、「超音波検出感度向上による超音波画像の改善」や「強力超音波発生による診断装置の小型化」など、次世代の超音波診断装置開発に役に立つと考えています。


図1.Pb(Mg1/3Nb2/3)O3と PbTiO3 の混合比率が連続的に変化している結晶に,光の偏光方向を制御しながら光を当てる位置を変える実験の様子。


図2.本研究成果の模式図。ナノメートルサイズの分極領域が,誘電率が大きくなる混合比率(X=10 mm の場所)でゆっくり揺れることが分かった。

本研究は、日本学術振興会科学研究費補助金事業(19H02618, 19K05252, 21H01018、 22H01976)、島根大学令和3年度島根大学研究支援事業の支援のもとで実施されました。

用語説明

※1 リラクサー強誘電体 :強誘電体は、電気を一時的に蓄えたり(蓄電性)、電気を音や振動に換えたり(圧電性)するなどと多様な性質を備えています。これらの性質により、強誘電体はセンサーやプローブ、バッテリー、キャパシタ、メモリーなど、広範囲にわたって応用されています。 強誘電体物質群のうち、誘電率や圧電定数が非常に高いことに加え、広い温度領域で安定してその特性を維持できる性質(緩和、リラックス性能)を持つ強誘電体をリラクサーとよびます。 Pb(Mg1/3Nb2/3)O3がリラクサーの代表物質で、これに通常の強誘電体PbTiO3を混ぜたリラクサー強誘電体は、さらに誘電率や圧電定数が大きくなります。 高い圧電性を利用して、リラクサー強誘電体は超音波診断装置や魚群探知機のプローブとして応用されおり、年間40億円の市場規模にまで成長しています

※2 ナノメートル :1ナノメートルは、10億分の1メートルのことで、髪の毛の幅の約10万分の1に相当します。

※3 角度分解偏光ラマン顕微鏡 :光を試料にあてた際に発生するラマン散乱光を分光(波長・振動数毎の光強度を測定)して、得られたエネルギースペクトルを基に分子レベルで物質の構造を解析する手法をラマン分光法といいます。 第二著者の藤井が開発した「試料を回さずに光の偏光方向を回す技術(特開2014-025793)」を基盤に作られた角度分解偏光ラマン分光法は、従来の手法に光の偏光情報が加わり、物質の構造をより詳しく調べることができます。 本研究では、さらに場所を変えながら測定することができる「角度分解偏光ラマン顕微鏡」を開発し、分極の配置や揺れる速さを決めることができました。

※4 多変量解析 :複数の独立変数からなるデータを統計的にまとめ、データの特徴を抽出したり、データ間の関連を明らかにしたりする手法のことを多変量解析と呼びます。 スペクトルデータの解析手法の中でも大変優れた手法として知られています。本研究では、角度分解偏光ラマン顕微鏡で取得した大量のスペクトルデータから多変量解析で特徴を取り出すことで、効率的に解析・考察を行いました。

図 3. 多変量解析の例。数十のスペクトルデータから,特徴を数秒で抽出することができます。
図 3. 多変量解析の例。数十のスペクトルデータから,特徴を数秒で抽出することができます。

論文情報

  • 発表雑誌: Communications Physics
  • 論文名: Polarization behavior in a compositionally graded relaxor–ferroelectric crystal visualized by angle-resolved polarized Raman mapping
  • 著者: 塚田真也(島根大学教育学部 准教授)藤井康裕(立命館大学理工学部 講師)、金川茜里 (島根大学大学院 学生※研究実施当時), 秋重幸邦 (島根大学教育学部 名誉教授), 大和田謙二 (量子科学技術研究開発機構 放射光科学研究センター グループリーダー)
  • 掲載日: 2023年5月19日(日本時間)
  • DOI: 10.1038/s42005-023-01219-8
  • 掲載URL: https://www.nature.com/articles/s42005-023-01219-8

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