反芳香族分子からなる液晶材料の創製に成功

 立命館大学生命科学部の前田大光教授らの研究チームは、北里大学未来工学部の渡辺豪教授、京都大学大学院工学研究科の関修平教授、名古屋大学大学院工学研究科の忍久保洋教授らと共同で、反芳香族分子の積層3 量体からなる配列構造を新たに形成し、半導体特性を示す液晶材料の創製に成功しました。本研究成果は、2024年4月16日(現地時間)に、「Chemical Science」に掲載されました。



【本件のポイント】

  • 反芳香族分子「ノルコロール」への分子修飾によって液晶性を付与
  • 反芳香族分子に特有な積層3 量体を基本ユニットとした液晶状態を形成
  • 液晶材料の詳細な集合化構造を実験およびコンピュータシミュレーションによって解明
  • これまでのノルコロールからなる集合体を凌駕する電気伝導性を発現

研究成果の概要

 π電子系分子1の集合化形態の制御は、電子・光機能性材料の開発においてきわめて重要です。研究チームは、反芳香族分子2であるノルコロール3に適切な長さの脂溶性置換基を導入することで、ノルコロールの積層3量体を基本ユニットとする液晶材料の創製を明らかにしました。さらに、得られた液晶材料がこれまでに報告されたノルコロールの集合体よりも高い電気伝導性を示すことを見出しました。ノルコロールに液晶性を付与する分子設計・集合化に関する戦略はさまざまな反芳香族π電子系分子に適用可能であり、反芳香族分子に特有の電子状態と集合化に起因した物性の解明が期待されます。本研究は科学研究費補助金および立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO)4などの支援によって実施されました。

研究の背景

 π電子系分子は、集合化形態に起因した特異な電子・光物性を示し、有機エレクトロニクスなどへの応用が進んでいます。π電子系分子は芳香族性の獲得によって安定化するのに対し、反芳香族性を示すπ電子系分子は一般的に不安定であり、また合成例の少なさから集合化に関する研究は十分に検討されていません。一方、反芳香族分子であるノルコロール(図1)は適切な分子修飾を施すことで安定化でき、最近の大量合成法の確立によって、構造・電子状態や集合化に関する研究が展開されています。このような背景のもと、ノルコロールを基盤とした次元制御型集合体5 の例は限られており、とくに液晶状態およびその機能性に関する報告例はこれまでありませんでした。

図1 図1 反芳香族分子ノルコロール

研究の内容

 液晶性を有するノルコロールの合成を目的とし、今回新たに脂溶性アルコキシ鎖(OCnH2n+1 (n=1,4,8,12,16)をもつ芳香環を2箇所に導入したノルコロール誘導体を合成しました(図2a)。鎖長が短いn=1および4のノルコロール誘導体では単結晶を得ることに成功し、そのX線構造解析からノルコロールが積層したカラムナー構造を形成することを明らかにしました。とくにアルコキシ鎖長がn=4の場合、3分子のノルコロールが3.13Åの距離で近接して積層した3量体を形成することが確認されました(図2b)。このような積層型3量体はノルコロールに特有の積層構造であり、積層した反芳香族分子が積層することによって生まれる芳香族性の寄与が重要であることが知られています。

図2 図2(a)脂溶性アルコキシ鎖を導入したノルコロールおよび(b)X 線構造解析から明らかになった単結晶中の積層3量体

 一方、アルコキシ鎖長がn=12,16の場合、偏光顕微鏡観察6および示差走査熱量測定7 などの各種測定から液晶状態を発現することを明らかにしました。たとえば、アルコキシ鎖長がn=12では、X線構造解析からカラムナー構造を形成することが分かりました(図3)。とくに、ノルコロール積層3量体の繰り返し構造の形成が液晶状態の発現に重要であり、これは液晶集合体構造の分子動力学シミュレーション8からも支持されました。さらに、液晶状態の時間分解マイクロ波分光測定9による電気伝導性評価から、これまでに報告されたノルコロールと比較して高い電気伝導性を示すことが示唆されました。

図3 図3 液晶状態における(a)偏光顕微鏡像および(b)積層3 量体からなるパッキング構造のシミュレーション結果

社会的な意義

 本研究ではこれまで未開拓であった反芳香族分子ノルコロールの液晶化を実現する分子設計に基づき、特有な集合体構造の形成と電気伝導性の発現を実現しました。反芳香族分子集合体の開拓は端緒についたばかりであり、本研究で提示した分子設計・集合化戦略を応用することで、反芳香族分子を基盤とした電子・光機能性材料が創製され、半導体をはじめとする有機エレクトロニクスへの展開が期待されます。

論文情報

  • 論文名: Norcorroles as antiaromatic π-electronic systems that form dimension-controlled assemblies
  • 著者: Soh Ishikawa, Kazuhisa Yamasumi, Shinya Sugiura, Shunsuke Sato, Go Watanabe, Yun Hee Koo, Shu Seki, Yuya Bando, Yohei Haketa, Hiroshi Shinokubo, and Hiromitsu Maeda
  • 発表雑誌: Chemical Science
  • 掲載日: 2024年4月16日(火)(現地時間)
  • DOI: 10.1039/d4sc01633e
  • 掲載URL: https://doi.org/10.1039/d4sc01633e

用語説明

  • 1 π電子系分子:
    二重結合などを有する分子。光の吸収や電子の授受など構造に応じて多様な性質を示す。
  • 2 反芳香族分子:
    4n個(nは整数)のπ電子を有する環状π電子系分子。4n+2個のπ電子を持ち安定化する芳香族性分子とは対照的な性質を示す。
  • 3 ノルコロール:
    4つのピロール環を構成ユニットとした反芳香族分子。
  • 4 立命館グローバル・イノベーション研究機構(R-GIRO):
    立命館大学の中核研究組織として、2008年4月に設立された分野横断型の研究組織。
  • 5 次元制御型集合体:
    構成ユニットの異方的な組織構造を有する低次元性分子集合体。たとえば、液晶、超分子ゲル、溶液における集合体などが挙げられる。
  • 6 偏光顕微鏡観察:
    物質に直線偏光を入射した際の偏光状態の変化を明暗や色彩として観察し、分子の配向を評価する手法。
  • 7 示差走査熱量測定:
    温度変化にともなう物質の吸熱・発熱を検知し、相転移現象を評価する測定手法。
  • 8 分子動力学シミュレーション解析:
    コンピュータ上で仮想的に原子や分子を配置し、それらについて運動方程式を数値的に解いて軌跡を追うことで、構造や運動を調べる分子シミュレーション手法の一つ。
  • 9 時間分解マイクロ波分光測定:
    サンプルを設置した共振器へのマイクロ波の照射により非破壊・非接触で速やかに材料の電気伝導度を評価する測定手法。

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